北京五輪日本代表野球4位は、本当に星野監督だけの責任か? | 独断と偏見の日記帳

独断と偏見の日記帳

国際結婚した男の日々の言いたい放題のブログです。

 今日から9月。新学期も始まりますが・・・・。天気が不安定。今日から二学期が始まる長女は、なんかグデェーっという感じで学校に行きました。


 さて、昨日、昼、TBSで緊急特番で北京五輪の野球の顛末を放送していました。


 週刊新潮でも星野ジャパンの大罪とか評する記事を掲載していたこともあり、少々興味を持って見たのですが、結局、そこで感じたのは星野監督の采配云々よりも、サッカーと同様、選手自身の問題もあるんじゃないかと。そして、そこに比例して日本のプロ野球選手や日本球界の五輪に対する意識の問題もあったのではないかと思ってしまいました。


 かつて宮本選手がこういっていたことがあったそうです。「自分達は、アマの最高峰の場を奪ってしまった。だから、がんばらないといけない」と。4位が決まったとき宮本選手はいみじくも「WBCと五輪は違う」と絞り出すような声で言っていたのが印象的でした。


 わたしは、正直、星野監督が選んだ選手で、金メダルを取れるかというと??でした。なぜかというと、けが人が多く、新井に至っては五輪後骨折が発覚、川崎も疲労骨折が発覚。しかし、それ以外の選手たちは五輪が終わって、日本に帰ってきた選手たちは、とたんに活躍し始めた。


 岩瀬も村田も、上原も、阿部も・・・。著名な評論家、野球解説者たちは一様に星野監督を批判し「使い方が悪い!!」という批判を展開している。


 しかし、そうであってもプロである。経験がない、やったことがない、などとは許されない。ここでも日本のマスコミや評論家・解説者の悪いところが出ている。サッカー同様、監督批判はするが、選手の批判はしない。批判するときは、プライベートの時だけ、それ以外は全くと言っていいほど批判しない。


 たしかに監督も悪いところもあるが、じゃあ、グランドでプレーを実際にしている選手たちには問題ないかというとそうじゃないだろうと言いたいのだ。


 週刊誌には、ダルビッシュが大野コーチや星野監督に不満を漏らしたと言うが、私は別にそれはそれでいいのではないか。コーチや監督にしっかりと意見を言ってるから。しかし、問題は宮本主将に対して「何を偉そうに」と不満をもらしていたとか。


 だが、宮本主将に関しては、選手兼コーチであり、まがりなりにもWBCや五輪の経験が豊富で、星野監督からコーチとして任せられた選手である。その選手を批判するというのは、もうここで北京五輪は終わっていたということだ。


 つまり、経験豊富な選手、そして曲がりなりにも先輩である。こういった選手を批判するという行為自体問題だと思う。


 結束こそが金メダルへの近道だったはずだ。


 さらに言いたいのは、星野監督が「これがベストメンバーですか」と聞かれたときに、一瞬間をおいてから苦笑いを浮かべて「これが、私の考えているベストのメンバーですから」と答えたことが記憶に残っている。


 そのときから、本当に各球団から自由に選抜できたのかという疑問があった。本来なら、のりにのっている選手を使いたいはずだ。ところが、交渉したときに「どうぞどうぞ」という雰囲気にあったのかどうか。


 長島さんや王さんなら、快くはいどうぞ、と言うだろう。しかし、それ以外なら、誰が来てもここよく、ハイどうぞとは言わないだろう。必ず、なんだかんだといって出しても渋々という形というのがいまの球界の状況が目に見えている。


 そういう球界の体質もあるんじゃないかと思ってしまう。


 私は、正直言うと、韓国球界が五輪に向け、プロ野球リーグの公式球を五輪使用球を準備し、さらに五輪の審判を想定したストライクゾーンで公式戦を戦い、五輪の野球競技だけの期間中のみリーグ戦を中止し、準備万端整え、さらには若手選手には徴兵免除のニンジンをぶら下げたことに日韓の差が大きく出たのではないかと思うのだ。


 日本には、プロ野球の公式戦の片手間という感じがしてしょうがなかった。はたして、それでいいのかと言う疑問がよぎったのも確か。


 WBCは、プロ、五輪はアマという棲み分けはきちっとすべきではないだろうか。


 ところで、はっきり言うと、球団から自由にチョイスでき、各球団からもOKを貰える人材は、王監督と長島さんだけではないだろうか。端から見ているとそういう雰囲気が悲しいかな、そういう球界の現実が日本が頂点を目指すには障害になっているのではないかと。