ついに大リーグの野茂が引退した。
「まだやれる」という悔いが残る引退だという。
やはり、けちの付きはじめは怪我だった。野茂の引退を早めたものは、相次ぐ怪我と故障だ。
どんなスポーツでもいちど大怪我をするとどこかしらに無理が出て、かつてのような力を取り戻すことは困難になる。というより、難しい。
例えば、サッカー。現在、オランダにいる小野伸二は、日本vsフィリピン戦で負った大怪我で、かつてのような輝きを見せることは無くなった。
また、大型FWとして期待された小倉も足首などの骨折や怪我で、本当の力を発揮できないまま引退してしまった。
怪我というのはスポーツ選手にとって、死活問題でもある。それを上手く乗り越えれば、比類なき力を発揮することもある。
元ロッテの村田兆治は、復帰は絶望と言われたところから復帰し、「サンデー兆治」とまでいわれ全盛期を彷彿とさせるような投球を見せていた。
野茂の精神は、もっとやれると、まだまだ、こんなものじゃない、まだやれるはずだ、と思っていたに違いないだろう。しかし、そこには肉体的なものが付いてこなかった、というのが本当のところだろう。年齢は39歳。現在の大リーグからすればまだまだ、そこそこやれれる年齢だが、野茂の肉体的な部分でもはや言うことをきかない状況になっていたのだと思う。
とはいえ、怪我が完治していない中で140キロを超える球をまだ投げることができる。きちんと治療していけば復帰という言葉も無いわけではない。
が、それでもドジャース入団当初の体つきと引退直前の体つきが非常に違っていたのには驚いた。入団当初はすらりとしていた。しかし、引退直前では、がっしりというより眼に見えて「ふとったなぁ~」という印象だった。
しかし、野茂の活躍は、日本人選手に対する大リーグの認識を変えるものだったともう。野茂、伊良部、佐々木、吉井、石井(一)、斉藤、松坂、岡島・・・・。イチロー、新庄、岩村、松井(英)、松井(稼)、城島、田口、井口など・・・これだけの選手が海を渡った。成功した人もいれば、失敗した人もいる。
それでも、しっかりと日本に対する認識は高い関心を示していることは間違いない。
きっちりとした基本に忠実なプレーは、大リーガーたちの関心を高めた。関係者もつよい認識を示してくれていることも確かだ。
あと、保守的な日本球界に新風を吹き込んだことも野茂の存在抜きには語れないだろう。
つまり球界の巨人中心、巨人礼さん主義からの脱却のきっかけを作ったひとつに、野茂の大リーグ挑戦の影響も少なくない。
それだけに、「お疲れ様」そして、再び指導者として戻ってきて欲しいと願うばかりだ。