ずーっと前、学生時代に田中角栄に関する本を読み漁ったことがありました。
そこで読んでいて思ったこと・・・。日本の国民、とくに地方有権者の多くは世界の日本というよりは日本のなかの地元しか考えていない、ということ。
よくワイドショーやニュースでのインタビューで聞くのは、東京都内の意見ばかり。いわゆる大都市圏での意見しか放送していない。
まあ、日本の中年男性がよく使う言葉。「人の幸せより、私をしあわせにしてみろ」「自分を幸せに出来なくて他人に幸せにさせることが出来るのか」といったもの。つまり、自分を基準にして判断していること。
こうなると選挙にもこの理論が当てはまる。国会議員は、地元、例えば岐阜県なら岐阜県の利益誘導を考えてくれる人にしか投票しない仕組みになっている。地方議員の多くが自民党というのは、このためだ。大都市圏で野党議員が多数当選するのは、そういったしがらみがない。いろんな人の意見が込み合っているから結局、票は自民に流れずに分散する。
今回の解散は、良い悪いを別にして考えると非常に面白い。
自民党は、地方財界の有力者などの支援を受けている。多くの自民党議員の後援者は、国のことは二の次で、自分達の景気をよくしてくれ、経済を活性化してくれといったもの。国内の政治ばかりに目が行く。自分達の目の前のことしか考えていない。外交なんてそんなもの関係ない、というような風潮がある。
小泉による解散は、焦点が郵政となっているが実は国民が試されているのではないかということだ。ようは、郵政というほかの問題の重要度からしてみればちっぽけなものだが、『改革』という例えを出して、「どうだ、自分達で考えてみろ」という国民への挑戦状でもある。
有識者の間でよく言われるのが「郵政は選挙するほどでもない」とか「ほかにもっとやることがある」という。社会保険などの問題はどうなるのだといった問題だ。
確かにそれは一理ある。
しかし、この前亀井静香氏が地元広島に帰ったとき地元後援者と会議を行った。その後テレビに出たときのコメント「地元のひとはいいねぇ、大事にしたいね」と。これこそが、いままでの政治ではなかったのか。天下国家を考えるといいながら、所詮、地元利益を考えた政策しか立てられないというのがいまの日本の政治ではないのか。
外務省=害無省なんていわれるが、国会議員が地元利益しか考えられない現状だから世界のなかの日本を議論する以前の問題だったといえる。そもそも、国民が海外情勢に関して実に関心が薄いのがその証拠でもある。このとこの拉致問題とかでようやく国民も関心を持つようになったが、他国と比べたら、つめの垢ほどだ。
小泉が突きつけた一手は、まさに地元の利益だけを追求するのではなく、国会議員たるもの世界の中の日本をどう考えるのかを全議員に突きつけたといっていいだろう。
真の改革は、国会議員の意識改革だということを示す選挙だと思うのだが・・・。
まあ、あとは米国のケネディ大統領が言った「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」といった明言がある。
これこそが、本当の意味で日本の国会議員と有権者、とくに地方有権者が持つべきものだと思う。いまは有権者(後援会の人々)が「私達のために仕事をください。もしくれるのでしたらあなたを支持します」というものだ。この考えを根本的に覆そうとしているのが小泉なのかもしれない。
とはいうものの、小泉の手法には考えさせられるところがある。衆院解散は少し、強引過ぎて憲法に照らし合わせれば・・・だし。
さて今回の選挙、真の意味で自民党をぶっ壊す可能性が出てきた。