脱線事故=時間を守る国民性の悲劇か= | 独断と偏見の日記帳

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p> いやー、とにかく40年ぶりの100人を超える死者になりそうです。


 それにしても、脱線事故の原因のひとつとして「時間」がキーワードになっているみたいです。


 日本人って、時間にうるさい。脱線事故があった日も車掌に突っかかる人や「何やってんだー!!」と怒った人もいたみたいです。


 それにJR西日本のなかにも「時間を守ることはお客さまのサービスにつながる」とかなんとか・・・。社内文書で言っていたみたいです。


 1分30秒遅れ。本当は、着くはずだった尼崎駅で普通電車との乗換えが、1分。これに間に合わせるために運転士はスピードをあげたとも。

 その一方で、社内では、1秒単位での査定があったとか。これでは、運転士も急がないわけにはいかない。

 それに事故を起こした運転士は、昨年にも100メートル、オーバーランして再教育を受けた。それも手伝ってあせっていたのではないだろうか。さらに4日間のうち2日をJR社内で過ごしたとも。


 まじめな人間が、完璧をもとめるあまりの事故ともいえるのではないでしょうか。


 いろんな、様々な要因が重なり合って起きた悲劇。効率と利便、時間厳守これらがまとまったともいえるでしょう。


 ある評論家は、国鉄時代の安全性を説き、それで赤字になったといっていたが、これはまったくの論外だ。安全こそが鉄道業界に限らず、航空、船舶、運輸などにすべてに通じることだ。それを考えない人はいないはずだ。

 ただ、時間厳守がそこにつねに付きまとう。「時間を守らないやつはだめなやつ」と決め付ける風潮が日本にはある。それはイコール、「時間を守れない会社はダメ会社、信用できない」というのにもつながる。


 「そんなに急いでどこいくの」という言葉がある。日本人はいつしか時間を主管するというよりも時間に振り回されるになってしまった。

 だからといって、時間を守らなくても良いというのではない。

 時間を守ることは確かにいいことだ。しかし、安全のために時間を遅らせてもいいという心のゆとりを持てていたらこんな事故は起こらなかったのかもと思えてならない。