我が家は、ときどき日本と韓国の歴史を話し合うときがあります。
そのなかで感じたこと。
日本人は、過去いわゆる縄文、弥生からスタートします。一方韓国は、より現代より近いところを重要視する傾向にあると思います。さらに神話を大事にしている傾向があるのではないしょうか。これ日本と違うところですよね。だいたい、ヤマタノオロチの伝説とか、かぐや姫とか、金太郎など日本にはいっぱい昔話がありますが、韓国のように大事にしているかといえば???のような気がします。
ですが、より現代的な話になると別という感じがあります。第二次大戦後の戦後教育は日韓ではまったく逆の方向に向かいました。
日本の植民地支配批判を原動力に、45年間の日本支配を完全否定した韓国の現代史。一方、それにほとんど触れずに終わってしまう日本。
妻いわく「日本人は歴史を知らない」とも・・・。なぜ、第二次大戦の話しを教えないのか。とか。
しかし、私はこう尋ねました。「ではなぜ、日本の独立運動とくに朝鮮半島で命を懸けた戦いをした人が、1945年のときに出てこなかったのか」「金九とか抹殺されたか」ってね。さらに日本の植民地支配を招いたのは「朝鮮の政治のせいではなかったのか」。日本を批判する前にまずは、自己の過ちを返りみないのかということを聞いてみました。
韓国には私が知る限り2度の過ちがありました。そのひとつが秀吉の朝鮮出兵。まず、朝鮮出兵を知ることが出来たのに文治派と武断派が対立し、双方が情報操作し国王に間違った情報を流していたという事実があります。さらに、賢臣と言われた人物が部下に日本の動向に注意せよといったにもかかわらず、死後なにもせずにいたこと。
これとまったく同じことが、日韓併合の原因となった大院君と閔妃との対立。国内でこんなことしていたら列強各国に付け入る隙を与えているようなものです。
日本の格言というかなんというかに「ひとのふりみてわがふりなおせ」というのがあります。日本人は自分に謙虚であるひとを評価します。その一方で、自己正当化や正義感を押し付ける人を避け、嫌う傾向があります。
まず、日本から本当の謝罪を求めるなら、まず支配の要因となった過程を検証し分析した上で徹底的な議論を進めるべきではないでしょうかとおもうのですが。
いま、竹島や日本海の表記問題についても、日本が先に開国したことで欧米諸国が先に日本海や竹島のことを認識しそれが国際認識にいたったのではないかと思えるのです。
とはいえ、だからといって韓国を日本が植民地にしたことは間違いありません。ですから、そうほうとも問題点を探りあいながら、いいところ悪いところを認め合うことが必要だと思うのです。
ことしは、日韓友情年といわれていますが、いまのところ韓国から日本への一方通行のように思えます。まずは、このいびつな交流を変えていかないとバランスがとれないような気がします。