日本と中国の相違  生命体系の大樹としての血縁意識 ② | 想いつくまま雑論  (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性)第三の文化論

想いつくまま雑論  (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性)第三の文化論

何でも書こう
 (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性、)(哲学思想)(政治経済)などなど、

 先に申しましたように、集団指導の如き会社に於いて、どうして分相応がありましょうか。そこにはやはり中心人格たる社長がいる。その社長人格に照らして己の身分を考えるという立場であってこそ、名分が成り立つのであります。

たとえ民主主義と言えども、精神文化の中心を持たずしては、これを行うことはできないのであります。

また第二に、中国が王道を具現化し得なかった歴史的な理由は、単に国家の中心人格としての天皇を持たなかっただけではありません。実は、血統本流としての天皇を持たなかったことであります。

またその血統本流の源たる原始共同体祖先としての天照大神を持たなかったことであります。

我が国に於いては、天皇が我々国民の血統上の祖先であり、天皇の血統上の祖先が天照大神だという意識があります。

日本人が国家を一大家族社会と見なし、共同運命を自覚することができた根本的原因は、まさにこの意識にあるのであり、この意識に基づく国家建設が、実に二千有余年にとぎれのない歩みとなっておるのであります。

勿論これは、民族意識という、理屈や科学を越えた、国の始まりに対する考え方であって、元より科学的証明に馴染むものではありません。

従って、ここで言う天照大神は、実在した神という意味ではなく、日本人が自らの源を、仮に、『天照大神』と呼び慣わして来たという事を述べているのであります。

このように   続く