ご無沙汰です。夏の終わりは思い出をたどってばかりで駄目ですね。駆け込みの思い出を作るためにうろたえ、その思い出にすがって現実逃避する。夏の終わりはいつだってそうです。
ここのところの気候は夏がよみがえったかのような日中の暑さですが、朝夕はやはり秋のそれですね。夏は本当に素敵な季節ですが、日に日に澄んでいくような秋の気候もまた好きです。
ここでなぜか京都タワー。京都タワーを初めてみた時はいつで、どんな感想を抱いたんだろう。思い出そうとしても思い出せません。ひとつ思い出した古い思い出…。あれは僕が高校生で修学旅行で京都にやってきた時のことです。今となってはすっかり京都での生活も長くなり、毎日のように京都の街を駆ける修学旅行生を見ても何も感じなくなりましたが、自分もかつてはあの一員だったわけですよね。
友達と二人で地味に京都の街を巡ったことを思い出します。二人きりという時点で集団行動から離脱した反社会的なものを感じますけどね。悪ガキでした。そんな京都二人旅で同じく修学旅行で来ていたとある女子高の学生と何故が仲良くなったんですね。
何故か、というとそこに偶発的なものを感じますが、おそらく能動的なアクションもあったのでしょう。僕と連れは金閣寺の拝観もそっちのけでその子らとの交流を必死で深めておりました。ああ本当に下品で情緒も何もない高校生ですな。最近観た『色即ぜねれいしょん』のような儚くも美しい高校生の思い出にも達しないほどのレベルだったと思うんです。
当時は携帯電話など高校生にまで普及していた時代ではありませんから、短時間でもっと仲を深めるためには限られた旅行期間の中でもう一度会う、すなわち落ち合う必要があったわけです。ときたらとにかく僕らは必死でした。次の日は地元に帰るスケジュールでしたからその晩が勝負とばかりに夜に街で会う約束を半ば強引に取り付けました。場所は京都タワー、時間は8時。もちろん宿を抜け出すこと前提です。
僕らはなんとかなると踏んでましたが、相手は女子高生ですから宿から抜け出すなんて容易いことではなかったと思うんです。それでも僕らは必死でしたからそこは若気の至り的な勢いで彼女たちのOKを取り付けることに成功しました。彼女たちも自由時間を利用して絶対に行くよ、なんていう力強い言葉を僕らにくれたのです。
その日の晩は部屋ですき焼きでした。とは言え僕らは時計が気になってますから、肉なんぞどうでもいいとばかりに目配せをするのです。まわりの人間は僕らが全然箸をつけないことにいささかの不信感を抱いていましたが、今目の前にある肉に夢中で固執する向きでもありませんでした。たとえそうでなくても僕らのような反社会的な高校生が夕食を囲むテーブルから消えようと、おそらくいつものことだと思っていたのかもしれません。
僕らはその時が来たとばかりに箸を置いて部屋を出ました。そこから街へ飛び出すまではおそらく光の速さに限りなく近付いた瞬間だったかもしれません。そして慣れない市バスに飛び乗って京都駅に向かったのです。市バスの中で僕らはほとんど会話を交わしませんでした。おそらく僕も連れも緊張していたんだと思います。冒険の先に待ち受ける耽美な刹那の邂逅への期待は僕らを確実に沈黙へと導いていたのです。旅の恥は掻き捨てと言いますが、旅の力と若さの融合がいま僕らを京都タワーに向かわせていたのです。
バスはいささかの交通渋滞に巻き込まれ、京都駅についたのは約束の時間のほんの少し前でした。僕らは何も言わずに京都タワーに向かい、エレベーターに飛び乗り展望台を目指しました。これほどエレベーターがじれったいと思ったことはなかったかもしれません。上を向いても速くなるわけではないと分かっているのに僕と連れは顎の筋肉がいかれるほどに上を向いたまま展望台に着くのを待ちました。
すうっとエレベーターの扉が開き、逡巡することなく入場料を支払うと一目散に展望台に向かいました。昼間の彼女たちの姿はありません。僕らは焦る気持ちを抑えつつも展望台を一周し、彼女たちを探しました。しかしやはりそこには彼女たちはいませんでした。「まだ来てないのかもしれないよ」どちらからともなく僕らは同じセリフをほぼ同時に吐くと、それぞれが逆の方向に歩き始めました。そして一周の後にそこにいたのは連れでした。
彼の顔に明らかな焦りが見えました。僕も同じように焦りの表情を彼に呈していたのでしょう。それから僕らは数分間言葉を発することなくただただ展望台を徘徊しました。気がつけば約束の時間から1時間が過ぎていたことに気づいたときはすっかり身も心も疲弊し、僕らはゆっくりとその場に座り込みました。
「俺たち何やってんだろうな…」彼の言葉が僕の心にゆっくりと刺さり、僕はその苦しみから逃れるために「本当に何やってんだろうな…」という言葉を返しました。彼の顔が確実に落胆するのが手に取るように分かりました。と同時に自分の顔が落胆するのも自覚したのです。
「夜景…綺麗だな」苦し紛れに放った僕の一言で連れはゆっくりと立ち上がりました。
「ああ。星も綺麗だよ」
彼はさきほどの落胆から解放されたような、少し笑みを浮かべたような表情で僕にそう言いました。悔しさを含んだ笑顔だったのかもしれないけど、僕は彼のその表情に何かが救われたような気がしてゆっくりと立ち上がり星空を眺めました。異郷の地で眺めた星空は少しばかり切なくて、でもその分だけ優しく瞬いていました。僕らはお互いに顔を見合わせると、何も言わずにエレベーターに乗り、宿へと向かったのでした。そこにあるのは心地よい疲れと二人だけの秘密を作ったちょっとばかりの恥ずかしさだけでした。
…今思えば高校生にもなって何をやってるんだろうという記憶のひとつですが、携帯もない時代の刹那にかける情熱や、旅先という非日常が後押ししてくれた冒険心こそがきっと僕らの求めていたことだろうし、女の子と仲良くなる云々なんてのは結局そんな冒険心の材料にしか過ぎなかったんだろうなと負け惜しみながらもそう思うのです。
ただあれから幾数年の歳月を経たわけですが、女の子がらみの行動になるとあの頃となんにも変わってないような気がするのはなーんも成長してない証拠なんだろうな…。ああ男子ってダメだ。僕だけかな…。
僕にとっての京都タワーはそんなジェネレーションの思い出の場所でもあったりするのでした。