「監督」「ディレクター」「演出」、どの呼び方も同じ職種なのですが、テレビコマーシャル制作の世界では「演出」と呼ばれます。しかし、同じ業界で無い外部の方に紹介する機会があったのですが
その時普段の通り「こちら 演出の内池です。」と紹介しました。打合せの帰り道に内池さんからこんな指摘がありました。一般のかたに「演出」のって言っても判らないと思うから、そういう場合は
映画と同じく「監督」と言いなさい。と言われたのを鮮明に記憶しています。そういうもんなんだ。


さて、企画が決まって画コンテが完成しました。われわれ制作陣はコンテを良~く「読んで」
各カットに書かれた画から演出の思いや狙いを読み取っていかなければなりません。

まずタレント事務所に画コンテを持参して打合せを行います。
「監督」がコンセプトや狙いをていねいに説明します。パスポートの有無を確認し、有効期間中かどうか、入国禁止の指定を受けていないかどうか、などなど。大きな事務所ですと、会社で保管していますのでそのままお預かりするか、コピーを頂きます。健康状態とか失礼な質問も時折するのですが、こういう場合はたいてい和やかにすすむのが常です。事務所的にはこんなメジャーな商品のCM出演はうれしい以外にはありませんから。この時の事務所はサンミュージックで社長みずから対応して下さいました。あの、相沢さんです。

衣装もせりふも全て「監督さん」に従います。ということで早々に帰社して制作ミーティングを開催します。
コンテの画に描かれている大道具・小道具の分析、肝心な商品をどれくらいの量をクライアントに
お願いするのか。撮影用の瓶(サイズ各何本)の手配は?中身の手配は?もうきりが無いくらい
やるべき事が頭の中を駆け巡り、それを整理してPM(プロダクション・マネージャーの略)に担当を割り振ります。

内池さんはレギュラーで「マルコメ味噌」のCMを長く演出されていましたので、そのCMを一緒にやっているPMのベテランのNさんに大根の手配をわざわざ依頼していました。お味噌汁のCMの
定番カットはやっぱりまな板の上でお母さんがトントン切る大根のカットですから。

しかし、ロケは8月です。準備・手配は7月。われわれはベテランにお任せなので安心して他の膨大な準備を何日も何日も行っていました。

出道具もほとんど揃い、あとは梱包です。制作の小道具(ガムテープ・はさみ・カッターなど)は
一番大きなジュラルミン製の角張ったスーツケースに整理し、小道具類は別のおおきな樹脂製の
ケースに入れ、一番大事なスプライトの撮影用の瓶(撮影用の瓶は市販の瓶を製造している工場に依頼して、SPRITEのと書かれている裏側のロゴが印刷される前に取り出して頂くのです。
そのわけは、ボトルの正面から商品を撮影したときにボトルの裏側に文字が書かれていると
ボトルが透けて正面のロゴに重なって見えづらく写ってしまうからなのです。
あとはキャップ(今回の商品はねじ式)の新品を50個。開けるシーンを急に撮りたいなんて言われたとき用にコンテを先読み・深読みして万全の内池さん対策が完成に近づいた時でした。

Nさんが内池さんからこっぴどく叱られているではありませんか。
聞こえてきたのは「八百屋を何軒探したんだ、いったい東京に何軒の八百屋があるんだ?」
どうやら大根が手に入らなかったようなのです。
そりゃそうです。当時はまだ夏場に大根が流通することが無かった時代ですから。

さあ大変。今回の撮影で一番大事な小道具が大根だったのですから。コンピューターが普及する
20年の前のことですから、経験とか思考力とかが大事なのです。手分けしてそれぞれが住んでいる近所の八百屋さんを片っ端から探してもらいましたがだめでした。
そこで、ハワイで今回もお世話になる撮影コーディネーターの矢田さんに電話をして現地調達が
出来ないか問い合わせをしましたがハワイでは人参くらいのサイズの大根しか栽培していないという回答がありました。あまり期待はしていませんでしたけど。

その時フッと思い出したのです。わたしの奥さんの親戚が下町で古くから商売している大きな八百屋だという事を。
すぐに電話で事情を話したところ探してくれるという返事。これが駄目なら残る手段は・・・・。
内池さんが納得してくれそうも無い手段しか道はないのです。それは、費用はかかりますが、
ゴムかシリコンで質感を似せた作り物を発注することです。見積は1本10万円。ギャッ。4本必要
ですから、総実行予算の中で捻出するとPM一人をはずさなければなりません。今でもギリの人員なのに一人減らすと言うことは自分に3倍の仕事量が降りかかってくることなのです。

それから4日後、親戚の八百屋から寒い地方で東京の料亭用に栽培している農家から手に入るというありがたい返事が返ってきました。この際1本1000円でも安い買い物でした。ホッ。

さてさて難題が続きました。コーディネーターさんからハワイには生の野菜や植物は持ち込めないから気をつけるようにという根本的な法律問題が立ちふさがりました。どおしよう!

まず入国の時に~~ああしてこうして、とシミュレーションを何度もしました。ハワイには何回もロケで行ってますから、大体の要領と国民性を考えて作戦を練りました。

ではその時どうやって無事に入国したのかお答えしましょう。あくまでもテロの脅威なんて微塵も
無い時代でしたから、警備レベルも全く低く、リゾートののどかな空港施設でした。

我々撮影隊はムービーカメラ一式はカルネという非課税申請手続きをして税関のチェックを必ず受けるのですが、専用のジュラルミンケースだけでも20個くらいあります。
そこで、制作部の荷物も数を増やす作戦にしました。なぜか。それはハワイの税関はカルネの申請をする正直な撮影隊のチェックは多少緩いからなのです。まして数が多いとめんどくさがって全部をジックリ検査なんかしようとしないのです。
ケースを6個くらいだったのですが8個にしました。

一番大きなプラスチックのケースには割れないように梱包したスプライトの瓶が整然と6本づつ
寝かしていれてありました。その瓶の列の下に大根を濡らした新聞紙でくるんでプチプチで梱包し瓶と同じシルエットで寝かせて隠して持ち込んだのでした。
大切な大切な大根は無事にハワイに持ち込めたのでありました。

次号では困ったスタッフや裏方の話を書きます。