私は先発隊ですからコーディネーターの方々とホノルル国際空港へ到着するスタッフの迎えに行きます。タレント、ヘアメイクさん、スタイリストさんはサッサとホテルに向かってもらいまして、撮影部が出てくるのを待ちます。
撮影部は「カルネ」という書類で税関の厳しい検査を受けますので、税関の人間によっては相当時間がかかる事があるのです。「カルネ」というのは日本から持ち込んだカメラ機材、コマーシャルの撮影は35㎜フィルムのカメラなので外国製の高額なモノなのでその国で売却すれば密輸したことになりますし、日本に帰国したときに税関で必ず引っかかってしまうことになります。高額な外国製のカメラを購入して持ち込むのですから税金を沢山支払わなければなりません。
そのために国際的な機関で「カルネ」という書類を発行してもらい、出入国時に必ずチェックを受けましてスタンプを押してもらわなければならないのです。
カルネの説明はこの位にしまして、今回のスタッフに起こったハプニングをお話ししましょう。
今回のタレントさんはサンミュージック所属の「竹本孝之」さんで、ご本人に指定のスタイリストについてお伺いしたところ、別にお任せします ということでしたので
通常CMに慣れていて会社にも登録されているリストの中から選ぶことになりました。
そういえば 最近一本立ちしたちょっとカワイイ スタイリストが出入りしているなと思って
社内の他のチームのルームなんかをそれとなくうろうろしながら探し回っていましたら、彼女が助手の頃何回か一緒に仕事をしたことがあったので声を掛けてみました。
「〇〇ちゃん、ひさしぶりー。一本になったんだって?」
「あら、おはようございます。そうなんです、よろしくお願いします。」
「〇〇ちゃんて料理できたっけ?」
「いーえ、お料理のスタイリストにはなれませんね。どうしてですか?」
「いや、料理といってもカナッペとか前菜のおつまみ程度なんだけど・・・・」
「あ~、そのくらいでしたら何とか出来ると思いますが、何の作品ですか?」
「うん、スプライトでハワイなんだけど。」
「エ~ッ!私まだハワイに行ったことがないんです。ぜひやらせて下さい。(_ _)」
こんな会話で内容もそこそこにスタイリストが決定することになったのです。
スタイリストはタレントの詳細なサイズやこれまでのビデオ・写真を見て似合いそうな傾向を
分析し、イメージを演出家やカメラマンに提案して衣装を決めていきます。
しかし、今回は料理のスタイリストさんを同行してもらう予算が無いので、まあ女性なら大抵
出来るだろうと決めつけて一本になったばかりのスタイリストにお願いしました。
さて、ホノルル空港の到着ゲートで待っていますと、ハワイに何回も来られているクライアントと外資系広告代理店の担当者の方、そしてタレント一行が早々とゲートからお見えになりました。
この方々はビジネスクラスですから優先的に出られましたが、制作スタッフは中々見えません。
そうこうしているうちに制作陣も出そろいましたので先にホテルに行ってもらいました。
通常ホテルのチェックイン時間は午後1時くらいから3時ということになっていますので、VIPの
方々のお部屋は前日から予約してあるので何時でもOKなのです。お金掛かるけど。
何しろ30室くらいを1週間とかのグループですから撮影隊はどこでも歓迎されました。
そうそう、反面大所帯で派手に見える分、泥棒さんたちも歓迎していたりしますので要注意。
私はまだホノルル国際空港の到着ゲート前にいます。
私のアシスタントのプロダクションマネージャー(プロマネ)と例のスタイリストがまだ出てきていないからなのです。
やっと出てきました。
あれっ?スタイリストが泣いているぞ。
ゲートを出たところでプロマネが「遅くなってスイマセン。〇〇さんが機内で急に具合が悪くなってしまい、出てくるのが最後になっちゃいました。」
「どうしたの?大丈夫?」と言って泣いているスタイリストの顔を見たら・・・・・・・。絶句。
顔の下半分がパンパンに腫れ上がって居るではありませんか。
こんな時、撮影の現場責任者としてはスーパーコンピュータのごとくNEXTの段取りを構築し直して頭の中で優先順位を入れ替えたりと、目まぐるしくこれかたの事を考えているのでした。
最後まで残って居てもらったコーディネーターに(コーディネーターさんもハワイ入国に際して
何かトラブルがあったときには対処しなければいけませんので、全員が無事に入国するまでは空港に来ているのです)歯医者さんの手配をお願いしたり、そのためのクルマとドライバーを手配して
もらったりと、余計な手間がかかってきました。
心の中で、しまったベテランにお願いすれば良かったかな?と一瞬考えたりしましたが、困っている病人をまず助けなければ、と思い直してホテルに向かいました。
先にホテルにチェックインしたスタッフはあと30分後まで部屋から出てきませんのでコーディネーターとBプランの打合せを行うことにしました。Bプラントは、スタイリストが3日後の本番までに用意する予定だった料理用の食材の買い出しを何時から誰が行うかというもの。
衣装の方は既にスーツケースに何パターンか用意されて持ち込まれているので問題ないのですが
カナッペとかその材料と食器は現地で集めることになっていたので、動く人間をスタッフの中から裂かなければならなかったのです。
撮影隊は最初の夕ご飯は全員そろって食べるルールがありますので、予め予約しておいたレストランに何台かのクルマに分乗して向かいました。
こういうときは中華料理が一番無難なのです。10人単位で大きいテーブルを囲んでコンパクトに
集合できますので、
私が責任者として進行していきます。まず、全員を紹介して今回も無事に楽しく仕事ができるように皆さんのご協力をお願いするのです。
食事も中華ですから皆さん食べ慣れていてスムーズに進んでいきます。
ここだけの話。初めての外国に行ったときは何を食べたらいいか判らないときは中華料理でしたらまず大丈夫です。
二日目からはその国の空気に慣れてきますからガイドブックで選んで行けばいいのです。
食事の途中で病院へ行っていたコーディネータの助手から電話が入り、そのままホテルへ直行して休ませるということで、プロマネと計3名が不在で最初の食事会が終わったのでした。
結局彼女は日本で治療した奥歯にガーゼが残っていて化膿していたところへ飛行機に乗ったので気圧が低くなって化膿が進行したために高熱が出たのだと判りました。ハワイでは切開して膿を出し
ガーゼを取り除くだけでは済まず奥歯も抜いたそうです。
治療費は日本円で40万円。本人に持ち合わせが無いためコーディネータが支払いました。
医者の話では3日間くらい安静の必要があると言うことで、撮影は絶望的になりました。
さて、撮影はこれからでしっかり進行しなければなりません。どうしよう・・・・・・・。
そんなときコーディネータから朗報が。演出の内池さんの家族が2日前から別のホテルに滞在して
いらっしゃることを聞きましたので即刻 内池さんに相談しまして急遽スタイリストの代わりを
お願いすることになりました。そのためにホテルを我々のところに引っ越してきて頂きまして
スタッフとして参加して頂いたのでありました。
その後彼女から図々しくもギャラの請求書がきました。プロデューサーとしては腹が立ちまして
会社まで来てもらいました。帰国後彼女からは何の謝罪もお礼も無かったのに、どういう了見で
ギャラを請求してくるのか理解が出来ませんでした。治療費を旅行傷害保険で賄おうと手続きしても4ヶ月以上かかるらしく、しかも満額は出ないそうなので制作費から捻出しなければいけません。ギャラは払えないことを説明したところ数日後 上司から呼ばれて説明を求められました。
事の顛末を全て話して納得してもらいましたが そのスタイリストが会社に現れることは二度とありませんでした。
海外ロケでは様々な事が必ず起こります。全方向にアンテナを張り巡らせて常に最悪の事が起こった時のシミュレーションが肝心なのであります。