辺野古

反戦デモは起きないのに

私が、アメリカの人種デモを「冷めた目」で見てしまうのは、「彼らの下」には、まだ、彼らに踏みつけにされている人が、たくさんいるのに、どこまでも自分たちのことしか考えていないんだな、と思うからである。

消えた反戦デモ

アメリカではもう、長いこと、「反戦デモ」が起こっていない。
自分の国の軍隊が、他国の人たちを殺したり、他国での破壊行為をすることに「反対するデモ」というのが、1回も起こらないのだ。
実は、非常に小規模な「反戦デモ」なら、2016年ごろに1回あったと思うけれども。それは、右翼による反戦デモで、逆ではない。
あと、ほとんど話題にもならなかった反戦デモ…非常に小規模な…昨年あたりに、1回くらい見かけたような気がするが。
それが、黒人男性が警官に殺されると、わーっと、これだけの人が関心を持ち、怒り狂っているというのは、非常に「バランス的におかしなこと」ではないだろうか。
しかも、「他国」にまで、「追従デモ」が起こっているとか。
それよりも、中東などでの「自軍による戦争行為」をやめさせるほうが、どう考えても、重要だろうと、思うのだが。
さらに、沖縄のように、地元の人たちの反対を無視してまで新しい基地を作るとか、そういうことだって、「アメリカ人によるやめろデモ」が起きていても、おかしくはないのである。
けど、不思議なことに、実際に起きたのは「警察は黒人を殺すなデモ」である。

人間というのは、そういうものなのかもしれない。
しかし…アメリカ人がまっさきにやらなければならない「デモ」とは、「反戦デモ」のはずであるということは、私は、確信している。