私には胸を張ってこれができるという突出した特技がない。
これが私の人生を変えました!という大切なものも、ない。
人の言葉をたくさんもらってそれを拾い上げてべたべたにツギハギしてモザイクのような自分しかここにはいないことを自分が一番知ってる。
まるで厨二病だし自分でもそう思うのだけれどまあ、そう思うからそう書く。
最近本当に、大切な人たちだからこそ思うことがあって。
大切な人たちの大切な物を共有してもらえるのはすごく嬉しい。幸せだ。
垣間見せてもらえた世界に自ら触れて、私はそれを自分のものにしていいのか、どこからどこまで私のものにしていいのか。私が感じたものは確かにそこにあるけれど、これは……私のものにしていいのか?ぐるぐると悩んでしまう。(この形容はあくまでニュアンスでしかないけれど)
その人にとってそのものたちは私には到底理解できないほどの重要な意味があって、それを知ってほしいとは思っていたとしても理解して同調して欲しいなんて、そんな人はあんまりいない。ほぼ聞いたことがない。
だから誰かの宝物とは距離を置くべきだ、という考えが私には正直、ある。
んー、何が書きたいのかわからなくなってきたなあ。言葉が出てこないや。
まあこういう導入を書いておいてなんだけど、それでも自分のその時に好きだと思ったものとか大事だと思ったものとか心を揺さぶられたこととか、そういうのはちゃんと大事にして自分のものにしちゃおっかな、っていうクソみたいなことを書きたかったんだと思うんだよね。
私、今まで誰かの真似事しかずっとずっとしてこなかったと幼い頃から親には言われてきた。
その劣等感とか罪悪感から自分のものにしてこれなかったのもきっとあるんだよね。誰かの方が私よりそのものが好きだ、当然だ。
私はそれを誰より好きだと言い切ることが出来ない。だからこの立ち位置は正しい。
そういうのやめたいんだよ!
友人に対しても歌に対しても言葉に対しても。
私はそれが大好き!でいいんだよって自分を許したい。
人と比較して卑屈になる必要性なんてどこにもない。
最初から妥協して、俯瞰して見て自分をちょうどいいくらいの場所におさめて……
そういう下らないことはしなくていいんだよ、俯瞰して全体見通してバランス見て自分の居場所を決める必要性なんてどこにもない。それをする必要性がある場所だってあるってそれを知ってるだけでいい。
私はこうしたい、でいいよね?いいんだよね、きっと。
私の知ってる誰かが好きだよ、なんてまどろっこしいこと言わなくていい、そんな予防線全部捨てればいい。
私もそれ、すきだよって言える自分でいたい。
立ち止まったら死んじゃうの。
飽き性でどうしようもない人間だけど、25年生きてきた中で培われた価値観はここにあるはずだから。
もうちょっと自分と向き合ってさ、モザイクじゃない、はっきりとした形のある自分を不器用なりに作っていくよ。
それを許し、喜んでくれる人たちがここにいるって信じるんだ。
私が世界で一番愛している人たちがいるからそうなれるんだから。
これが私の人生を変えました!という大切なものも、ない。
人の言葉をたくさんもらってそれを拾い上げてべたべたにツギハギしてモザイクのような自分しかここにはいないことを自分が一番知ってる。
まるで厨二病だし自分でもそう思うのだけれどまあ、そう思うからそう書く。
最近本当に、大切な人たちだからこそ思うことがあって。
大切な人たちの大切な物を共有してもらえるのはすごく嬉しい。幸せだ。
垣間見せてもらえた世界に自ら触れて、私はそれを自分のものにしていいのか、どこからどこまで私のものにしていいのか。私が感じたものは確かにそこにあるけれど、これは……私のものにしていいのか?ぐるぐると悩んでしまう。(この形容はあくまでニュアンスでしかないけれど)
その人にとってそのものたちは私には到底理解できないほどの重要な意味があって、それを知ってほしいとは思っていたとしても理解して同調して欲しいなんて、そんな人はあんまりいない。ほぼ聞いたことがない。
だから誰かの宝物とは距離を置くべきだ、という考えが私には正直、ある。
んー、何が書きたいのかわからなくなってきたなあ。言葉が出てこないや。
まあこういう導入を書いておいてなんだけど、それでも自分のその時に好きだと思ったものとか大事だと思ったものとか心を揺さぶられたこととか、そういうのはちゃんと大事にして自分のものにしちゃおっかな、っていうクソみたいなことを書きたかったんだと思うんだよね。
私、今まで誰かの真似事しかずっとずっとしてこなかったと幼い頃から親には言われてきた。
その劣等感とか罪悪感から自分のものにしてこれなかったのもきっとあるんだよね。誰かの方が私よりそのものが好きだ、当然だ。
私はそれを誰より好きだと言い切ることが出来ない。だからこの立ち位置は正しい。
そういうのやめたいんだよ!
友人に対しても歌に対しても言葉に対しても。
私はそれが大好き!でいいんだよって自分を許したい。
人と比較して卑屈になる必要性なんてどこにもない。
最初から妥協して、俯瞰して見て自分をちょうどいいくらいの場所におさめて……
そういう下らないことはしなくていいんだよ、俯瞰して全体見通してバランス見て自分の居場所を決める必要性なんてどこにもない。それをする必要性がある場所だってあるってそれを知ってるだけでいい。
私はこうしたい、でいいよね?いいんだよね、きっと。
私の知ってる誰かが好きだよ、なんてまどろっこしいこと言わなくていい、そんな予防線全部捨てればいい。
私もそれ、すきだよって言える自分でいたい。
立ち止まったら死んじゃうの。
飽き性でどうしようもない人間だけど、25年生きてきた中で培われた価値観はここにあるはずだから。
もうちょっと自分と向き合ってさ、モザイクじゃない、はっきりとした形のある自分を不器用なりに作っていくよ。
それを許し、喜んでくれる人たちがここにいるって信じるんだ。
私が世界で一番愛している人たちがいるからそうなれるんだから。