ブログを休止していた理由、そうですね。
同居していた父方の祖母の体調がおかしくなり、その翌日に亡くなったからです。
ここは宝塚ブログなので、身内のことを書くのはと憚っていましたが、先日亡くなった母方の祖母のことについても触れていますし、ここで書いてしまおうと思います。
父方の祖母は83歳でした。
7年前に夫である祖父と死別し、それからは年を感じながらも毎日草むしりをして過ごしていました。
年明け、急な体調不良を訴え、3月に病院で見てもらって検査入院。
そして、大学病院へ転院し、病名が判明しました。
末期の急性骨髄性白血病、余命数ヶ月と告げられました。
家族は動揺し、ショックを受けました。
更に、母方の祖母の容態も不安定で、仕事の忙しさも重なって、
一時期は耳も痛くなったり、精神的に参ってしまいました。
余命数ヶ月と告げられてから、チケット取った分だけは観劇して、
なるべく祖母と一緒に過ごすようにしました。
勿論、祖母は本人の希望で告げられず、もしかしていたら、知っていたのかもしれないけれども、
祖母が入院している時に「お家に帰って過ごしたい」という希望通り、一緒にご飯食べたりして過ごしました。
亡くなる1週間前、自宅の周囲の茶畑のお茶摘みを例年通り行い、製茶して、亡くなる前日に飲むことが出来ました。
27日、亡くなる前日、私はその日、日生劇場で「グレート・ギャツビー」を観劇していて、終演後に父からの着信で、「いよいよ…」と思い、急いで自宅に戻りました。
祖母は息絶え絶えながらも、家族の手を駆りながらトイレに行きましたし、ご飯も食べました。
そして、28日。27日から来ていた実娘である叔母と話しているうちに、急に意識を失い、すぐさまお医者様を呼び駆けつけていただき、
私達家族と叔母が見守る中、眠るように息を引き取りました。
お昼ちょうどのことでした。
それから1週間はあわただしい日々で、1日の昨日がお通夜、2日が葬儀、初七日を迎えました。
二人の祖母が相次いで亡くなり、とても辛いのですが、葬儀で二人の祖母の生き様、人柄に触れ、
いつまでも悲しんではいけない、前を向いていかなくては、と思いました。
なので、日常に戻ることが、一歩だと思い、ブログを、日常生活を再開した次第です。
おばあちゃん、ありがとう。天国でおじいちゃんと仲良くね。
写真は、祖母が亡くなった日、愛犬と散歩したときに見えた雲間からの光の写真、「天使の梯子」と言うそうです。
ちょうど、天国への入り口に見えたので。
