学生時代日本史が好きだったにも関わらず、明治維新以降は授業では扱わなくて、むしろ選択科目で用語だけ学んだだけで(なんせ受験科目だったので)

西南戦争や征韓論は用語と概要だけ覚えてスルーしていた。

歴史を学校で学んでいると、事実だけ知るだけで、その時の人物について思いを馳せるってあまりなかったように思う。

宝塚を観るようになってから、一見悪とされる人物でも、それなりの正義があって、それが分かり合えないから対立して、挙句戦争になっているんだろうと思うようになった。

西郷や桐野にはそれぞれ故郷や国家に対して理想や思いがあり、

対立する隼太郎や大久保、山県、川路にも国家を正しく導く為に、故郷のことは一旦割り切り、富国強兵へ進んでいったのだと思う。

徳川を守るために戦った側の吹優も記憶を失い真実を知りながらも、新しい時代の為に命を守る道を選び、新しい時代を生き、

八木もかつて愛した時代と故郷、女性を思いながら新しい時代に目を向けず散っていく一人の武士だっただろう。

故郷にいる人も、鹿児島の誇りとしながら複雑な思いを抱き、故郷で生を全うしたのだろう。

剣心の時と同じく、いや、剣心は維新と幕府で戦った男達の物語だけども、

桜華は2つの故郷と時代の狭間で、自らの心情と名誉の為に命をぶつけ合って散った物語だと思う。

小池先生が考えた維新の答えが剣心なら、

斎藤先生が考えた維新の答えが桜華という結果だったと私は考える。

今年は同じ時代の作品が2つ上演され、それぞれの結果が違っていて、とても楽しく感じた。
これも宝塚の醍醐味といえるだろう。

サヨナラは寂しいけど、千秋楽に向けて、東京に向けて、良い作品であると私は信じている。