今回のお芝居はまたリピートしたいと思うくらいいいお芝居だった、と何度も書いている。
贔屓の組で遠征できなかったということもあるが、好きな作品の一つになった。

劇中でセットの文字がシェイクスピアの作品にちなんだタイトルで、没後400年作品という力入っている感が伝わる。

私事ながらウィリアムほどではないけど、昔から文章を書くのが好きで、学校の作文の時間も苦ではなかったし、レポートや卒論を書くのも好きなほうだった。

子どもの頃は皆「アイドル」や「先生」と答える位だったのが、私はぶれず「小説家」「本を作る人」と答える子だった。本が好きだったのだ。

もし、10代の時、宝塚に出会ってたら夢中にはなったけど、タカラジェンヌにはなりたいとは思わなかっただろうな。才能ないのわかっていたし。

むしろ、どんな作品作るんだろう、どんな人が書いているのだろうと興味もつと思う。いや、現に今でも興味持っている。

私は作家にならなかったけど、今こうして、ブログで宝塚への思いを綴っている。

言葉の力は偉大だ。それは時に人を傷つけ、励ます。

芝居というものは、宝塚に出会うまで知らなかったけど、その人の感情を思い考え、何にでもなれるのだ。自身を見失うくらいに。

純粋に戯曲を書くことが好きだったシェイクスピア。その才能を周囲が放っておく筈なく、自分の重いとは裏腹に書かされ、でも終盤で自分の思いを描いた言の葉の人。

人は誰も純粋に夢を持っていても成長するにつれて諦めたり、また叶ったとしても別の形で、翻弄されながら生きてもがいているのだろう。

彼の純粋さが出ていた、シェイクスピアはそんな生涯を描いた作品だったと思う。

劇中で3人の父子が出てきた。

シェイクスピア父子、ケアリー父子、セシル父子。

それぞれ立場は違えど、階級社会のイギリス。その地位の維持、上昇志向が出ていて、でもそれ以上に息子のこと思っていて、でも息子は父の心知らずで。

ハムネットが幼くして亡くなるとはいえ、ウィリアムとの親子関係も書いても良かったと思った。

そして、この作品の要であるエリザベス女王。

劇中の歌でもあるように「夫は国家、国民は子ども」と答えたくらい生涯独身を突き通し(恋人いた説もあるし、隠し子いた説もある)

彼女もまた女王とはいえ、国を守る為の「男」だった面もあるのだろう。
今風で言うと「男前」といったところか。

彼女もまた父のように廷臣やシェイクスピアを見守っていたのかなと感じた。

宙組シェイクスピアは夢を持ち翻弄されもがき生きる姿と、父と子の相克を描いた作品だなと思えた。

もっと観ていけば別の発見があるだろう。ムラ公演を経て、東京1週間が経ち、私はそんな印象を抱いた。