思い出話② 天井人(てんじょうびと) | ないものねだり ~ただ今、人工透析中~

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【週4回透析 vs むずむず脚症候群】
僕自身が1週間に4回の透析を受けながら、「むずむず脚症候群」などの合併症との激闘を綴った闘病日記です。
ついでに透析患者の日常の呟きも書いてまする。
※現在、諸事情により週4回透析の感想は、お休みさせていただいています。


救命救急室をようやく出してもらえた僕は、今度は、重症患者さんが入るICUのようなところに入れられました。
ナースステーションの前にあり、緊急時には、すぐに看護師さんが対応にあたります。

この頃には、右目の視力が少し回復し、「週間少年ジャンプ」1冊くらいなら1週間かければ全部読めるまでになっていました。
(o^-^o)
でもかなり疲れる…

そこではもう草原や川辺の感じは、スッカリ無くなっています。
そのまま2週間ほどで、やっと一般病棟へと移ることができました。
(*^o^*)
まだ歩けませんでしたけどね

担当医から「もう立ってもいいよ」と言われ、立ってみるとクラクラします。
すぐに倒れそうになり、担当医と看護師さんが支えてくれました。

「う~ん、まだ貧血があるからムリだったか…」ということで、またしばらく寝たままの生活になります。
(´・ω・`)
貧血があるって分かってるなら、なんで立たせたの?

まあ、そんなこともありながらも順調に回復し、僕は、めでたく故郷・長崎の病院へ転院することになりました。
(〃⌒∇⌒)ゞ
書き忘れてました。僕は、当時大阪に住んでいて、今までのは大阪での話です。

転院は、土・日の透析が無い日に行いました。



そして2回目の異変は、長崎の病院に転院後に起こりました。
それは透析室に入った瞬間に僕の目に飛び込んできたのです。

異変が起きたというより「妙なものが見えていた」というの方が正しいかもしれません。
それは透析室の天井と壁の接合点(何というのか知りません)、直角、90度の部分に真下を見た状態で、すっぽりと体を収めてぶら下がっている人たちでした。
(`・ω・´)
ココ分かりにくくて、ごめんなさい。僕、語彙が少ないもので…

何人もの人が透析している人のベッドの横の天井に、これまた何人も壁を背にしてぶら下がっているのです。
それを見た僕の感想は、「へ~、あんな治療法もあるんだ…」でした。

あれが幻覚だったのか、それともお化けだったのかは、いまだに分かりません。
ただあんまりハッキリと見えていたので、僕は、幻覚ともお化けとも思わなかったのです。
( ̄ω ̄;)
何だったのでしょう?

僕は、彼らを「天井人(てんじょうびと)」と勝手に呼んでました。
その日の透析は、残念ながら天井人のいるところではなかったのです。

でも次の透析日は、天井人のすぐ横でした。
僕は、ほぼ真下から興味深々に天井人を眺めていました。
繰り返しになりますけど、僕にはハッキリと見えていたのです。

足の裏からパジャマらしきズボンの裾から脛の方まで…
ただ不思議なことに、顔がハッキリと見えない。
向こうは、真下を向いて、こっちは真下から見上げているのに、なぜか顔が輪郭しか分からない。
目も見えないので、当然目が合うことも無いです。
(・・∂)
ホント不思議…

そして僕は、治療の甲斐あって徐々に元気になっていきます。
元気になるにつれ、天井人は、一人また一人と見えなくなっています。
元来がのん気な僕は、みんな退院していったんだと思ってました。

やがて僕は、外出も許されるほど元気になりました。
そしてそのときには、もう天井人は見えなくなっていました。

天井人がまったく見えなくなったある日、僕は、やっと気付いたのです。
透析室の天井には、人を吊るせるような設備が無いことに…
(^▽^;)
我ながら、アホだと思います。


結局、天井人の正体は分からないまま退院してしまい、以来、一度も見ていません。

幻覚か、それともお化けだったのか…
もしお化けだったとしたら…、死んだ後も透析を受けに来ているってことなのかな~
(ノ_-。)
死んでも透析なんて、悲しいな…


今回の思い出話は、これにて終了!
そのうちまた書きます。


またね (^-^)