熊本地震 | 花鳥風月

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他方より ご心配のお声たくさんいただきましたこと、心より感謝いたします。

私が住んでいるところは震源地より離れており 大災を免れたとはいえ、

前震の震度4、本震の震度5には恐怖を感じました。

緊急地震速報の緊急アラームが鳴り、程なくして激しい横揺れ。

本震は強く長く。

九州では地震は少なく、あったとしても気付かないことも多く。

なので今回の熊本地震、私にはまったく想像しうることないもの。

すぐテレビをつけ震源地を確認すると そこは熊本。

中心部は実家があるところ。

すぐ母に電話するも繋がらず。

発信履歴ばかり増えるだけで。

自宅に、兄に電話するも繋がらず。

深夜を回りやっと連絡がつき、今 車の中にみんなで避難してる、と。

声が聞けて本当にほっとしました。

その翌日深夜の本震。

油断していたところの本震。

ここらでもひどい揺れを感じたのに、震源地ではどんな恐怖があったことか。








昨日、熊本へ行ってきました。

かき集めた少しばかりの物資と、筑後市のフラワーバードさんから分けて戴いた衛生用品等を持って。


3号線、57号線、植木インター付近は渋滞するとのことで、大牟田-玉名方面、海沿いルートで熊本市内に入りました。

ところどころノロノロ運転はしたものの、比較的スムーズに行ったのではないかな。








市内に近づくにつれ、その状況は見えてきて。


崩れた箇所、陥没した箇所、盛り上がった箇所・・・

熊本城はテレビでも放送されていた通り、それは涙が出る思い。








熊本の繁華街。










確認できたところはほんの一部。

渋滞は思ったよりしてなく。

目立って大きな倒壊も少なく。

もちろん目に見えないところ、家の中には土足で上がるような状況。

中心部より益城町、御船町、西原村、そして南阿蘇。

そちらの方が言葉では表せないくらいの様子。

学校の駐車場には1/3ほどの車。

友人曰く、昼間は自宅の片付けや買い出しで帰っていて、夜になるとみんな寝に集まるのだそう。








追い付かないごみの処理。


行けるだけ車で移動して、たくさんの友人たちに会いました。

みんな無事だった。

私個人で集めたものなので、微々たるものだけど。

持って行った食料、喜んでくれました。

ただ、やっぱり水不足が深刻。

断水が解除されたところも徐々に増えつつあるけれど、それはまだ一部で。

買占めなどでみんなに水が行き届いてない状況。

支援物資は集まるのに、行政が絡むとなぜか配られない状況。

実家はまだ断水中で、給水所で数時間並んでの水補給。

でも熊本は水の都。

随所で湧き水が出ているみたいで、みんなそれぞれ情報交換し合ってます。

生理用品等が重宝されます。

カセットコンロのボンベが不足しています。

バナナやトマトなど、日持ちはあまりしないけど すぐに手渡せるのならフレッシュなものが喜ばれます。








この日、最後に実家へ寄りました。

義姉は訪問介護士。

地震発生時から、患者さんへの声かけや見回りで飛び回っているそう。

電機や水道関係の仕事をしている知人もすでに作業開始しています。

余震がおさまる気配はないけれど、みんなそれぞれ 出来る事から復興への一歩を踏み出しています。

ただやはり、無理はできないのが現状。



少しの時間、実家で母と他愛もない談笑。

弱音を吐かず、いつも前向きな母だけど…精神的にとても参ってる様子。

この本震が、もしかしたら本震ではなく この先”本震”と呼ばれる大きな地震がくるかもしれない恐れ。

鳴り続くアラームに頻発する余震。

気弱になっている母を見るのはとても悲しい。

支援しに行ったのは私の方なのに 帰り際、きれいなバナナをたくさん買ったから、と 私に一房くれようとしました。

どこまでも母なんだな、と。

込み上げる言葉にできない感情と思い。


また来るからね

何かいるのあったら連絡してね


心配は尽きないけど、母と別れ自宅へ帰ってきました。



私みたいに個人で支援に行かれる人もいます。

ただそれが正解なのか・・・

物資を届けるためのトラックや自衛隊の車が、渋滞のため立往生してることも。

救急車や消防車などもスムーズな流れを作れない状況も。

支援したい気持ちはみんな同じだと思います。

それぞれ良く考えて行動されれば、と思います。

祈ること願うこと、物資を集めること、それぞれできることが大きな支援につながると思っています。








大好きな熊本。

熊本城に阿蘇神社、阿蘇大橋、そして阿蘇の風景。

少しずつでも、少しでも早く、緑や水の溢れる熊本が戻ってきますように。