熊本県は山鹿市にある八千代座

明治43年建築の芝居小屋。
坂東玉三郎氏や中村獅堂氏などが舞ってきたそう。
八千代座内を見学する前に。
道路向かいにある”夢小蔵”と言う資料館で、八千代座の歴史に触れる。
35ミリカーボン式映写機

昭和初期から40年頃まで使用されていたもの。
データ棒を燃焼させて写していたそう。
ほかにも。
芝居の小道具や天井広告原画、歴史など様々。

その後八千代座本館へ。

手描き(?)の看板がなんとも言えませんな。
タイムスリップするような感じで木戸口をくぐる。
ステージ正面に平土間と言われる升席があり。
両側には桟敷席。
升席と桟敷席は、ともに勾配がつけられていて、舞台が見やすいように設計されている。

升席に座り、しばし案内役のおねーさんのお話を伺う。
芝居小屋ならではの仕掛け、”スッポン”や”廻り舞台”や”せり”などの舞台装置。
これらを見たかったんだー。
写真撮ったのだけど、なかなか見辛いものとなったので割愛 (*´;ェ;`*)
天井広告画

明治から昭和にかけて彩られた広告画。
今あるものは、修理にあたり建設当初の広告画を復元したもの。
この中にある数枚は 今でもお店が軒を連ねているそう。
舞台正面から見て左側。
上手桟敷席
反対側が下手桟敷席
平土間(升席)
当時は、ひとつひとつがさらに仕切られていて。
一枡に4人、上の四角は二枡分にあたり、この中に8人のお客さんが入っていたとか。
今ではこの二枡分に5人ほどのお客さんが入るそう。
5人でも結構ぎゅーぎゅーだと思うー。
ぶどう棚
暗くてわかりづらいけど・・・
丸竹を縄で格子状に組んであり、ぶどう棚に似てることからその名前がついたとか。
ここから幕を吊ったり、雪や花吹雪を散らしていたそう。
舞台裏の楽屋などを見学し。
次は いよいよ奈落へ。
奈落とは、舞台や花道の床下の総称。
廻り舞台を支えるレールと車輪。
これはドイツのクルップ社製で、どこかにサインがあるらしいのだけど・・・暗くて見つけきれんやったー。
炭鉱のような花道舞台の下。
ここから 舞台上までせり上がったりする。
奈落を見学したあと、二階へ。
真鍮製のシャンデリア

第二次世界大戦中、金属供出で取り外されたが、その後の修理工事で復活。
明治からの電球もあるそうで、今と昔のものとではほんのり明るさが違うのがわかる。
ほかに 太鼓櫓があったり。
3万3千枚の瓦が乗った屋根。
三角形の構造になったトラス工法など。
普段見えない部分にも凝った趣向が施されていて。
和風建築と洋風建築の和合がここに見られる。
熊本に住んでたときも。
山鹿までは滅多に来んかったし。
ましてや 八千代座なんて見学する機会がなかった。
かなりの説明下手でわかりづらかったでしょうが・・・
昔のものほど、粋でいなせなものはないな、と感じる空間でした


明治43年建築の芝居小屋。
坂東玉三郎氏や中村獅堂氏などが舞ってきたそう。
八千代座内を見学する前に。
道路向かいにある”夢小蔵”と言う資料館で、八千代座の歴史に触れる。
35ミリカーボン式映写機

昭和初期から40年頃まで使用されていたもの。
データ棒を燃焼させて写していたそう。
ほかにも。
芝居の小道具や天井広告原画、歴史など様々。

その後八千代座本館へ。

手描き(?)の看板がなんとも言えませんな。
タイムスリップするような感じで木戸口をくぐる。
ステージ正面に平土間と言われる升席があり。
両側には桟敷席。
升席と桟敷席は、ともに勾配がつけられていて、舞台が見やすいように設計されている。

升席に座り、しばし案内役のおねーさんのお話を伺う。
芝居小屋ならではの仕掛け、”スッポン”や”廻り舞台”や”せり”などの舞台装置。
これらを見たかったんだー。
写真撮ったのだけど、なかなか見辛いものとなったので割愛 (*´;ェ;`*)
天井広告画

明治から昭和にかけて彩られた広告画。
今あるものは、修理にあたり建設当初の広告画を復元したもの。
この中にある数枚は 今でもお店が軒を連ねているそう。
舞台正面から見て左側。
上手桟敷席
反対側が下手桟敷席
平土間(升席)
当時は、ひとつひとつがさらに仕切られていて。
一枡に4人、上の四角は二枡分にあたり、この中に8人のお客さんが入っていたとか。
今ではこの二枡分に5人ほどのお客さんが入るそう。
5人でも結構ぎゅーぎゅーだと思うー。
ぶどう棚
暗くてわかりづらいけど・・・
丸竹を縄で格子状に組んであり、ぶどう棚に似てることからその名前がついたとか。
ここから幕を吊ったり、雪や花吹雪を散らしていたそう。
舞台裏の楽屋などを見学し。
次は いよいよ奈落へ。
奈落とは、舞台や花道の床下の総称。
廻り舞台を支えるレールと車輪。
これはドイツのクルップ社製で、どこかにサインがあるらしいのだけど・・・暗くて見つけきれんやったー。
炭鉱のような花道舞台の下。
ここから 舞台上までせり上がったりする。
奈落を見学したあと、二階へ。
真鍮製のシャンデリア

第二次世界大戦中、金属供出で取り外されたが、その後の修理工事で復活。
明治からの電球もあるそうで、今と昔のものとではほんのり明るさが違うのがわかる。
ほかに 太鼓櫓があったり。
3万3千枚の瓦が乗った屋根。
三角形の構造になったトラス工法など。
普段見えない部分にも凝った趣向が施されていて。
和風建築と洋風建築の和合がここに見られる。
熊本に住んでたときも。
山鹿までは滅多に来んかったし。
ましてや 八千代座なんて見学する機会がなかった。
かなりの説明下手でわかりづらかったでしょうが・・・
昔のものほど、粋でいなせなものはないな、と感じる空間でした
