久々にブログを書きます。
今日久し振りにAmebaを開いて#保育士のタグ検索をしてある方のブログに出会いました。
今年度、私は持ち上がりのクラスの担任(2歳児)をしています。
昨年度からクラスには気になる子がいまして。
初めは気になる点が1,2点だったのが日を追うごとに徐々に増えていきました。
担任間ではこの子のどういったところが気になるのか、今後どのような姿が予想されるのか、家庭でどの程度感じているのか、この子(以下Yくん)に合った配慮の仕方等、日々話し合う時間が持たれました。
まだ1、2歳なので、「もしかして」ということに対して決め付けた保育をしてしまったら、Yくんはそこまでしか伸びない、しかしクラスの他の子と同じように声を掛け、働き掛けても伝わらないことも多いので、ある程度「もしかして」を覚悟して、関わり方を工夫していかなければならないと、今年度、どれだけこの子を丁寧に見ていってあげられるかで、成長が変わると、クラスでも話し合いました。
保育士は専門医ではないので、Yくんの「もしかして」を診断するのは間違ってるし、あくまでその傾向にあるということだけで、保育をしていますが、それもある程度のところまでいったら、家庭との連携を取ってやっていかなければいけないことも出てくるかと思います。
しかし、重要なのは診断すべきは保育士ではないということ。
家庭に園での様子を伝えるのだって、相当な勇気と配慮が必要だと思います。
疑うことさえしなかった保護者からしたら、信じ難いことというか、受け止めるに受け止められないことといいますか…
保育士はそういったナイーブな問題にも向き合わなければなりませんが、向き合い方には細心の注意が必要だと私は思います。
子どもは言葉に出来ない思いを表現する術をまだまだ勉強中です。
身振り手振りで訴えてきたり、片言や喃語で伝えようとしています。
保護者だって一緒だなぁと、ある方のブログを読んで感じました。
言い方は良くありませんが、保護者からしたら保育所というのは内部を知らず子どもを人質に取られている状態。
安心して預けられる場所となってこそ保育園、幼稚園となるんだと思います。
子どもが今何を思って、何を伝えようとしているのかを考えるのと同じように、保護者が今何を思って、何を不安に思うのか、保護者の声にならない声にも耳を傾けていけるような保育者になりたいなと改めて思いました。