ちゃんと勉強したいな」と思って、


心屋さん一派に入ろう!…と真剣に考えたこともあるけれども、通信大学の心理学コースに編入した😂




したばかり、なので


人生の荒波や苦難を通して、心理学をよく学んでいる方からすれば無知だし浅薄


代わりに、今だから適当なことを書ける、とも言える…?





元を辿ると、色々苦労したから人のために…とか崇高なる理由ではなく、


そもそも高校時代に、

倫理が面白かったことにある。



ちょうど最近、仁さん(Jin、になってましたね)

も書いてたけど同じく「思いを成仏させる」だけだと思う。



心というのは、ただの機能名であって、具体的な物質を指してはいない。それを「科学」とするための実験や統計学で実証し、エビデンスとして人の生活の役に立てている。


科学だって、量子論は、人が見ているときだけこうなる、とかいうよくわからないところがあったりするから、心理学だけではないのだな…人の心理、の前の神経の動きには電気が要るから、量子も関わってる…?


非科学的なような、それでいて理の通ったところが

面白い。




ただ、化学合成とは違うので、

これとこれがあれば、必ずこうなる、

と決まりがあるわけじゃない。





私は、「他人のことを言えたものじゃない」だろうし「非難否定をしたいわけじゃない」。


けれど、

最近、ネット利用していて「とらわれすぎでは?」


と、気になって仕方ない。






「これこれは、こうです」


というのはあくまで、

“システム的にはおおむねそうですね”

ということであって、


そっちを正しい型として

個人(自他ともに)を捉えるのは、

よろしくないと思っている。



個人個人、似ていても同じではなくみな違う

ということを忘れずに尊重したいものだと思う。


自分自身にとってもそうだ。







「ブーバキキ効果」

というものがあるけれども、


そもそもどの人も、同じ物理法則の中で命を持っているし、同じ時代、同じ民族…などのシステム下で似通うのものだろう。



ブロンフェンブレンナーの「生態学的システム理論」 



※マトリョーシカ…については、

テキストには書いてなかった。
上図のA~D全体を通した「クロノシステム」(時間)があるからだろう。

従って、こうしたサイトでも少勘違いを生む可能性がある、と言えなくもなく、これはひとつの例でもあるのではなかろうか…





モラハラをする人が、世界中で同じような反応をするのも、

そもそも人体構造が同じだから、と


言葉の発生や進化も、世界的にたまたま(人体構造が同じ…元の祖先が同じで、地球の上という環境も同じ…など本当はたまたまではない)同じようになっているのだから、

社会的な人とのありかたも似通う、

ということなのだろう、と私は思っている。



しかも、それはより、「古い脳」の反応だ、

ということも指し示すだろう。


「自分の命(だけ)を守る!」という最優先事項のために反射的に反応しているから。


だから民俗枠を超えて同じ反応になるんだろう。







あと、最近気になるのは


トラウマ、について。




「いま、ここ」

ではない状況なのに、

脳やからだ、意識が

つらかったときそのもののようになったり、

それで日常生活に支障が出たりすることだ。


はっきりと、それについて

認識したりできなかったりする。













心理カウンセリングを、受けるのに向いている人


は、


日常生活に支障があったり、

神経症、

ボーダー(人格のほうじゃなくて、精神病と神経症の間のこと)の状態の人が


おおむね対象だそう。



精神病の人は、精神科がよい。

が、無論、心理療法が、だめというわけではない。





初回面接はインテーク面接と言う。

カウンセリングを進めていくかどうか。

それから主訴を聞き、どのようにその後のカウンセリングを行っていくか、どうなることを目標とするかなどを決めてカウンセリングをしていく。

途中で必要があれば見直して変更したりもする。


(何となく聞いていく、ということではない、

 ということ)



授業にて

「心理カウンセラーは、お産婆さんのようなもの」

というお話があった。




主訴と、実際の根幹的な原因は違っていることもある。といってそれをカウンセラーがこうにちがいない!など勝手に判断したり決めつけたりはしない。

あくまで手助けする人である。


本人が、自己理解を深めるための。







ピア・カウンセリング…


ピアサポートとか何々の会などありますが、

似た体験をした人同士、というのは


とても有効だそうです。



ただ、ちゃんとした(と言っていいのかわかりませんが)ものは、臨床心理士が場を取り持つものですね。




当人同士だけだと、

共感ポイントがあるのはよいものの

先入観で判断してしまったり、

意見を出してしまったり、


否定してしまう、または否定されたと感じる

ということもあるでしょう。


「仲間」意識が生まれたことによる

疎外感とかも、普通の場でもあると思います。


専門の進行係がいると心強く助かりますね。





あとは、第三世代の心理療法である、

マインドフルネスも、とてもよいそうです。




まあまあ「自分の感覚がわからない」

という人もいます。



この場合は、


「こういう場面でどう感じたか?」

などを記入する用紙など、ネット上にも

よく出ていますが、それを書くのは困難

であったりします。


(自分で記入して治す行動療法の本とか

色々出ています)



そういう場合は、

自分の感覚に目線(意識)を向ける必要があります。



カウンセリングでもいいし、

マインドフルネスは、カウンセリングでも取り上げています。


※お師匠さんは必要なので、できる人とやるほうが

やはりよいです。


(何事にも“先人”は要りますからね)







「自分の感覚を取り戻す」

方法のところは、授業で見て、

具体的でなるほど!とちょっと感動すらしたのですが、



それから、昔のやり方と、いっていいのか、

ちょっとあやふやです、正直に、、、の、

暴露療法も、


ちゃんとした?先生のはなるほど!

と、感心しきりで見ました。






世の中にはちょっと勘違いしている?!

と、思うようなやり方をする人もいるようでしたので。



(は、確信さえしました。

 有資格者か無資格者かわかりませんし、

 所属学会で違うのかとかも知らないので

 なんですけれども、


 あえてでなくわざと傷つけるのを暴露療法だと

 いいはる人もいるようで、気をつけたいことだ

 と思います)





えーと、


メンタリストだいごさんは、


コンビニで、アイスを温めてくださいと言ってみる

とか、もうちょっと過激なことを言っていたと思いますが、

まあ、そんなようなことですね。



授業で見たのはもっと無理なくもっと明るいことで、

それに、その段階はもう、最終的なところで、

被験者(だけど先生の実際の患者さん)も

緊張もありながらも楽しそうに実行していました。







自分自身が深層心理にひた隠しにしていることを

なにがなんでも掘り出して見せるぞ!


みたいなこともなく、


する必要も必ずしもあるわけでなく…

(が、原因だとも明確にできませんしね)




なるほどーー!!


と、感心することが、たくさんありました。





ネットには色々なものがあふれているので


そういう時代なのだ、ということは


肝に命じておきたいものだなーと思いますね。




普段はだらだら使っていいと思うけど、


時折攻撃的な出来事に遭遇しますしね。








学校で学んでみると、



私でも検索してみられるような、


心のこと、のお話とかとは少し違うところもあり、



意識の芯がはっきりして、


気持ちのいい出来事になることが多いな、


と感じています。