2020年のもの。
日本小児科医会 PDFです。
2歳を越えていても、絶対着用とはしなくてよい、
ということなど、既に書いてありましたね。
子供は、自己管理がまだうまくできない、
うまく言葉で伝えられない。
具合が悪いか大人が表情で確認しにくい。
呼吸機能がまだうまくないため、
負担が大きい。
2歳より大きくても注意すること。
など。
個人的には、
乳幼児~子供たちが、
表情を読み取る訓練をする機会が大幅に減るのは
どうなのだろう?
と、懸念しています。
別件にはなりますが。。。
大人であっても口元でバレないことで、
文句をぶつぶつ言う人も増えているように
思います。
荒んできてると思います。
そして実際に文句つけられました。
DAISOでレジの列に並ぼうとしていたとき、
息子が床の音が気に入ったらしく、
ジャンプして音を鳴らしだしました。
私が「うるさいからやめてね」と言うのと
0.なんびょう早く、前の男性が
「うるっせんだよ」と言いました。
聞き終わるより前に
私も「やめてね」ともう口に出てました。
それから、その男性の顔を見て「は?」
と言ってみたら、その人は目を合わせませんでした。
(お前の息子が悪いのになんだその態度は、
と、もしここが他サイトならコメントされるところです
が、それをやる人は、私はハラスメント体質だと思っています)
昔から?不良系の人があからさまに
「うっせーよ」と本人見て言う光景はありましたが
まわりの人は気にならなくても気になっても
「そういうのすぐ言うやつらだよね」
みたいなものがあったと思います。
いやだなーと思う人と、
よくぞ言ってくれました、と思う人などいたりしてね。
どちらでも「不良だからいいや」
みたいなところもあったんじゃないかなあ。
(今の30歳くらいから前の年の人には
よくわかんない話だと思う)
今は不良は減少していて、
少年鑑別所等、収用人数とかも減っているそうです。
代わりに?
こそっと「やってみる」人はいるように思います。
・悪いことは言ってないからいい
(ことになるようにする)
に付け加えて
・(マスク着用にて)
あなたには言ってませんけど、
または自分は言ってませんけど
という顔をする
・心身とも、逃げられる状況
・相手の方が自分より弱いはず
これらが揃っててやる。
不良はそんなことはみんな無視して、
言いたいから言う、だけなのに。
本当に、悪くもないし、
むしろ「注意してあげよう」と思うなら
敢えて「わるもの」になるくらいでもいいじゃないですか。代わりにリスクも背負うことになるかもだけど。
それは、しないわけです。
なんだかなーと思います。
本人に向かって、ちゃんと、言えばいいじゃないですか。いいおとななら不良でもないのだし、
「うるせー」とかじゃなくって
「おい、店内では静かにするんだぞ」とか。
そういうのはない。
赤ちゃんが泣いてたら、母親をなじる。
「たいへんですねえ」と思わないし言わない。
なんだかなーと思います。
子供は特に
親が怒っても「うっせーんだよ」と反発しておしまいでも、知らない大人がたとえば
「おい、ぼうず、そういうことするんじゃないぞ!
ほら、おっかさんだって、こまってるじゃないか。
男の子なんだから、おっかさんを支えてやれる男になるれよ!」
とか、
時代錯誤だ!とか言われそうだけど、
その人が育ってきたものでいいんですよ。
あってるとかあってないとかじゃなくて、
力強く、こうだぞ!と、
不意にでもなんでも言ってくれる人がいると、
そういう経験を得て、子供って成長していくんですねー。
心の中に「はっ!」とする出来事として
印象に残る。
知らないおっさんがなんか言うてたわ!
っていうのだけ残る。
口調はきつくても、
俺のために言ってたのか!
と、、、わからなくてもわかっても、
なんかこうアツいぜ!
ってものができてくんですよね。
家庭と学校と、とかだけじゃなくて。
だからそういう知らない大人、も大切なんですよね…
(全部、誰でも、どんな場合でも、ではないです)
いていいんです。
みんなが見守ってるってことだから。
ところが、最近は本当に
文句やケチをつけるだけになっていて、
女や子供など弱いからやっつけてやる!
というのがよりいっそうましにましてるなと
肌が痛いほど感じます。
私がもし、がたいのいい、
こわそうなおっちゃんだったら
何も言わなかったか、
「は?なんだ?」なんて返されたら
「注意しただけ」という体裁はもろくも壊れて
「すみません、なんでもないす」
とかえって謝るかもしれませんよね。
そんな場面ばっかりですね。
私に限らず。
人に「注意したい」くて、するなら
言い方、表現ってのもあるじゃないですか。
スーパーなんかで、子供がすねだして
ぎゃあぴいわめいてて、
母親に
「こまっちゃうわね(にこっ)」といって
こどもには
「あらあら、おかあさんこまってるわよお、どおしたのお?(にこにこ)」
そしてまた母親に
「この年のころは大変よねえ、でもかわいい。
いい子じゃないですかーねー」
なんていうおばちゃんとかいると
なんかもうすごいと思いますね。
こういうことで、
ママだって助かる、と、思います。
家に帰ってから
「子供が暴れてどうしようもなかった、、、
私はだめな母親だ、もう、スーパーはいけないし、
この子と二人きり…」
ってならずに
「本当に困るわ。でもこの年ってしかたないのかな…いい子?!この子が?そうなのかな、、、確かに暴れてないときはかわいい」
とか、気持ちもぐっと変わると思うんですねー。
なにかこう、分岐みたいのがあると思う。
ネットでのやりとりで
憂さ晴らしになる人もいらっしゃるけど、
目と目を合わせて話をするパワーは
ずっと強いと思います。
人の、現実の視線はたくさんある。
痛い視線がたくさんあっても、
もしもその中に、あたたかく見てくれる目があれば
人の人生も、少しは変わったりするんではないか?
と、私は希望と期待をちょっぴり持たずには
いられない。
