人に罪をなすりつける人間は、


実際には


罪悪感もなく、


悠々と


平気の平座。




何のお咎めもない。


天誅もない。






人を罵るのはノーカウント。



突き飛ばされて転んで怪我をしたら



それ!やった!やった!



小躍りしながら文句をつける。




「怪我は、ダメなんだ!


 ダメなものはダメ!」



目に見える、簡単にわかる

立派な理由を掲げて大威張り。




物理的な傷がついたら


「被害者」そして、「=正義」


英雄の凱旋!





“故意”



“悪意”





被害者って、楽でいいなぁ。



やられた、やられた、このやろう!ひどい!



って言っていればいいんだもの。




故意と悪意の被害者と、


決してわざとではない加害者と。




故意と悪意の加害者と


ただただ被害を食らっているだけの被害者と。






道徳観は地に落ちた世界で



善意や思いやりはむしろ毒。



 


優しさを捨てられない人は、

そのまま溺れて死ぬように。


ピッピッピー


ハーメルンの笛吹とは違って


味気ないただのホイッスルが鳴る。





そらそら、飛び込め。


ほらもう、あがってこなくてもいいから。


あがってきたらまた落としてやるけど(にへらにへら)






いえいえ、あなたに見えないだけですよ。



仁王立ちで、人は言う。





だから私はこうに言う。




「ええ、たしかにたしかにそうでしょう。


 私にはあなたがたのきらびやかで


 しかも優しくて暖かくて心持ちよいとかいう


 そこがまるでまったく見えません。


 もう私がただただボンクラなだけに相違ありません。



 あなたがたのような聡明さは持ち合わせてなく、


 あなたがたのような方々は、


 私の足に絡み付いているこの魑魅魍魎は


 見ることができないでしょう。



 見えなければ、それはないのと同じことですからね



 こうして、同じところにいるようで、


 その実、同じところになんていないのです。



 お互いに見ることも、認識することもできますが


 夢の中の登場人物と同じく、儚いのです。



 まあそんなものに過ぎませんから、


 どうぞそのまま進んでくださって構いません。



 私には、あなたがたには見えないものが


 どろどろとついてもう取ることも叶わないで


 あなたがたからすればただ、ぼけっと


 つったっているようにしか見えないのは


 もう、本当に重々承知しておりますので。



 かえってこう、足をお止めいただき恐悦至極に


 ございました」



朗々と言うので、足を止めた理由ももう

記憶から消えたらしい。




普通の人からは、ここはもう見えない世界になった。





「罪」というものは、


主とその行為から染み出るものではなくて、



「ああそこに見つけたり!」と


誰かが指差したところに沸くものなのかもしれない。





ただ、


見れば在るし


見なければ無い。





まぶたを閉じれば

光があるのを感じるだけで、


他にはなにも無い世界が拡がるのみだ。





なにも無い世界だけが。