年明けに流産して約2ヶ月が経ちました。
結局手術はなく、前回のけいりゅう流産のような激痛もなく、お正月の突然のドバっというのでほとんどが出て後は普通の生理みたいな感じでした。
通院していなかったら妊娠にすら気づかなかったかもしれない普通の出血でした。
その後、先生に6年まえのカルテを出してきてもらいもう一度だけ最後のあがきをしました。
※だいぶまえの通院の記録を思い出して書いています。先生の言葉は正確ではないかもしれないので、参考程度にお読みください。
「以前、閉塞性無精子症と診断されたのですが、最近精路再建のことを知ったのですが・・・閉塞している原因が何かカルテに書いてありますか?」
と伺いました。
「精管なしだね。 精路再建は精管無しの場合キビシイですね」というようなことを言われました。
では、注射針で取り出してAIHはどうですか?旦那の手術の時、確か精子がいっぱいあったっておっしゃっていたような・・
「AIHをするほどの数があるかどうか・・・(カルテを確認する)
AIHの限度は、200万以上のところ、1つの容器に190個です」
け・・・・・桁が違う(((゜д゜;)))
前に先生がおっしゃっていたいっぱいあった というのは 顕微するのにしてはいっぱいあった という意味だったんですね・・・・(顕微は1個あれば顕微できるものね・・・
)
万が一、数があったとしても、AIHの都度、旦那さんから注射針で取り出すのは現実的ではない と言われました。
・・・・確かに。
でもなんかスッキリしました。
どうかな~精路再建できるのかなぁ・・・という淡い思いもあったので、最後にあがいてとどめを刺されて(笑)良い意味で、これですっぱり諦められました!!!
よく、不妊治療はやめ時がわからなくてズルズル・・・・と聞きますしその気持ちがよくわかります。
もし旦那が無精子じゃなくて精子が少ないとかだったら、射精で体外や顕微が出来るのでもっと続けていたかもしれないし、それこそやめ時がわからなくなって引くに引けなくなっていたでしょう。。。
不妊治療って疲れるしお金もなくなるし、妊娠しても流産したり本当に経験しないとわからない辛さがたくさんあります。
松岡修造の名言だそうですが、「そこに100回叩くと壊れる壁があったとする。でもみんな何回叩けば壊れるか分からないから90回まできていても途中で諦めてしまう」
この言葉を知って、この今回の治療が、90回目なのか、99回目なのかと考えました。
もしかすると次に妊娠するかもしれない。ここで諦めてしまっていいのか?と。
でももしかしたら、壊れない壁(妊娠しない)のかも知れない。
そんなことをすっぱり諦めたと言ってもまだ考えていました。
両親にも「もう諦めた」と言ってもまだ、考えていました。
でも幸い私は他にやりたいこともありました。
娘が生まれてからスクールに通い勉強をして、そっちの夢もありました。
だから意識して、この2ヶ月そちらの夢に向けて動いており、赤ちゃんのことは諦める努力をしていました。
流産して1ヶ月くらい経った先月くらいに、やっと娘にも言うことが出来ました。
「赤ちゃん欲しかったのにごめんね。でももう、うちには赤ちゃん来ないんだって。
ママ、体が弱いから赤ちゃん来れないんだって・・・」
と言いました。
本当は旦那の無精子症が不妊の原因ですが、娘には私の体が弱いからと言いました。
「わかった。まま、しなないで。」
と娘は言っていました。
前回の妊娠の時は娘も赤ちゃんがお腹にいることを知っていて、お空にいったことも知っています。激痛で私が大変なことになったのも見ています。
今回は妊娠のことは言わなかったけれど、年末年始安静生活でずっと寝たきりだったのですが娘には具合が悪くて寝ていると言っていました。
だから、私が大変な様子を見ていたので、それ以上赤ちゃんをほしいとは言いませんでした。
赤ちゃんよりも、ママに死なれては困ると思ったようでした。
それから暫くして、「あかちゃんがうまれたら・・・」と言ってとっておいたものを
娘が処分しようと言い出しました。
「うちにはもう あかちゃん こないもんね」と言って、私が記念にとっておいた何個かを除いて、赤ちゃんグッツをほとんど全て処分しました。
多分それが娘の心の切りかえ方でした。
そんな風に赤ちゃんグッツを処分して、私もやっと本当に諦めることが出来たのだと思います。
今は、一人っ子だからこそ・・・のことを娘にしてあげたいと考えています。
現在エレクトーンを習っているのですが、4月から新体操も習いたいというのでそれもいいな とか、
私立中学に行きたいといった時に対応できるように、お金を貯めておこう とか、
小学校くらいになったらミュージカルとか色々見せてあげたいな とか。
欲しいといったおもちゃ等を全て買い与えるとかそういった一人っ子だからこそじゃなくて、
習い事とか、コンサートとか、旅行とか、視野を広げることに「一人っ子だからこそ」のお金を使えたらなーと今は思っています。
色々あったけれど、二人目治療をしたことは後悔していません。
娘の妊娠の時から数えると、3度も流産したことになります。
そう思うと、なぜ娘だけが無事に生まれてこれたのか・・・不思議ですらあります。
二人目治療を経て、娘をもっと大切に思えるようになったので、この経験も意味があったのかなとも思います。
これでこちらのブログはおしまいです。
二人目の夢は叶わなかったけれど、まえを向いて歩いて行けそうです!
今までありがとうございました