「・・・大野さん?」

 

 

お嬢さんの言ってることの意味が分からない。

どういうこと?

 

 

誰が誰を、フったって?

 

 

「大野さん?聞いてますか?」

 

 

「ああっ・・・すみません。

あ、あの・・・言ってることがよく・・・

誰が誰をフった?」

 

 

逆はあっても、

翔くんがフルなんて。

 

 

だってそれは、言い方は悪いけど、

出世コースをも蹴ったってことだ。

 

 

「翔くんはお見合いして、

結婚するとばかり・・・」

 

 

だからおいらは・・・

 

 

「んふふ。私もそう思ったの。

絶対に自分がフラれるなんて思ってなかった。

今思えば、本当に嫌な女」

 

 

「・・・・・」

 

 

「悔しくてね、

『誰が好きなんですか?』って聞いたんです。そしたら・・・」

 

 

お嬢さんがじっとおいらのことを見る。

 

 

「あ、あの・・・」

 

 

「櫻井さんの好きな人、誰だと思います?」

 

 

「・・・え?」

 

 

「櫻井さんたら、私が聞いたのは名前だけなのに、

その人のこと、えらく語ってくださって・・・

『その人はすごく素敵な人なんだって。

見た目可愛いのに、中身はどえらい男前で、

自分に厳しくて、でも人には優しくて。

気分屋で、約束してても、当日になって、

『気分じゃなくなっちゃった』とか平気でいう人。

でも・・・嫌いになれないんですよ。

あのふにゃんとした笑顔で言われると何でも許しちゃう』

んですって」

 

 

・・・・・

 

 

それって・・・

いや、そんなはず・・・

 

 

いや、人違いだよ。

そんなわけない。

だってあの時・・・

 

 

「フラれるの覚悟で、

気持ちを伝えようとしたら、

『もう二度と会わないし、連絡もしない』そう言われたって。

「好きだ」という前に、そう言われたって・・・」

 

 

・・・そんな!

 

 

「すごく寂しそうに言っていました。

それを見て、私じゃ無理だなって思って・・・」

 

 

「・・・お嬢さん」

 

 

「今日は視察ってことになっていますが、

それは建前上で、本当は大野さんに会いに来たんです。

櫻井さんがあんなに熱く語る人に、ずっと会ってみたくて・・・」

 

 

「え?」

 

 

「櫻井さんの言う通りでした。

確かにそのふにゃんとした笑顔、

何でも許しちゃいそう」

 

 

「え?あの・・・」

 

 

「ねえ、大野さん、私は今幸せです。

岡田さんと知り合って、今すごく幸せ。

大野さんは幸せですか?」

 

 

・・・幸せ?

 

 

仕事は充実してる。

仕事仲間にも恵まれている。

 

 

・・・だけど、

 

 

キミがいない。

 

 

「櫻井さん、まだ独身みたいですよ?」

 

 

お嬢さんの赤い唇が、

あの日の翔くんの唇を思い出させる。

 

 

それはまるで、

赤い罠。

 

 

「どうしてまだ独身なんでしょうね?

すごくモテるはずなのに・・・ね?大野さん」

 

 

「・・・・・」

 

 

「・・・では、私はこれで。

そろそろ主人も戻ってくるだろうし」

 

 

「え?あ、は、はい」

 

 

「コーヒー、ご馳走様でした。

大野さん、幸せになってくださいね」