先日、3月29日の夜中に、母方の祖母が亡くなりました。
96歳という、とっても長生きをしたおばあちゃんでした。
ぼくの実家では、毎年、正月とお盆に、母の実家に泊りがけで行くことが、
年中行事となっていて、自営業をしている実家では
それが唯一の家族旅行みたいなもので、毎年、とても楽しみにしていました。
ゲーム機も何もなくても、大きなデパートがなくても、山と畑と緑がいっぱいの、
母の実家と、おじいちゃんとおばあちゃんが、子供のころから大好きでした。
山の木々の合間にコースを作り、じゃがいもの入っていた袋をそりに見立て、
かなり急だったけれど、兄や姉と何度も何度もすべったこと、
雪がたくさん積もった畑でおじいちゃんの作ったたこをあげたこと、
旅行好きだったおじいちゃんの、旅行先で買ってきた、百個くらいになるくらいの
キーホルダーを、行く度にながめていたこと、
恥ずかしがり屋のおばあちゃんを、母と姉とでデパートに連れて行って、
お出かけ用の服をいっしょに選んだこと、
いつもカメラを首からぶらさげていた、おじいちゃんが撮りだめた、
おじいちゃんとおばあちゃんの若いころから、ぼくら兄弟や孫たちの写っている
アルバムを、飽きもせずながめたこと、
おばあちゃんの畑にある、野菜や草花を、ぼくの妻やこどもたちといっしょに
いつもは歳で歩けないよ、と言いながら、いっしょにながめたこと、
こどもたちといっしょに、かくれんぼをしてくれたこと、
もう出かけることはできないと思っていたおばあちゃんが、ぼくらの住んでいる
家に遊びに来てくれて、夏祭りの花火をいっしょに見たこと、
いつも、おばあちゃんの家に遊びに行ったら、遠いところいつもありがとう、と
言って感謝をしてくれて、帰るときになったら、目に涙を浮かべながら、
台所の窓からずっと、手を振ってくれていたこと、
そんなさみしがりやのおばあちゃんのために、台所の窓から見えるように
こどもたちと作った1メートル以上もある雪だるまを見て、これならさみしくないね
と言ってくれたこと、
妻やぼくたち兄弟のこどもたち、おばあちゃんからすると、ひ孫たちの
名前と顔をしっかりと覚えていてくれたこと・・・。
あげたら、きりがないくらい、たくさんの思い出がよみがえってきます。
30日は1日仕事をして、31日のお通夜、1日の告別式に参列することに。
その30日の夜に、「さよならぼくたちのようちえん」という、幼稚園のこどもたちが
主人公のドラマを見ているときに、そのドラマの内容でも涙が出てきてしまったの
だけれど、今までの思い出が、あっという間に頭の中を駆け巡り、
もう会えないんだ・・・という思いが、一気にこみ上げて、涙がどんどんあふれて
きてしまって、いつまでも、涙が止まらずにいました。
1年に何回かしか会えないけれど、ぼくにとっても、妻にとっても、
実家ではない、帰ることのできる家として、とても大きな存在だった、
おばあちゃんの家。
そこにいるはずの、おばあちゃんが、もういなくなるんだ。
そう考えると、あまりにもさみしくて、悲しくて、切なくて、つらくて、
どうしようもない思いでいっぱいになってしまいました。
おかげといってはなんですが、お通夜や告別式は、涙をこらえることができて、
ちゃんと、おばあちゃんとお別れすることができました。
これから、おばあちゃんの家がどうなるかわからないけれど、
ずっとあって欲しいと、願ってしまいます。
そんなわがまま、言っちゃいけないですけど、おばあちゃんの家に
行ったら、また、おじいちゃんとおばあちゃんに会えるような、
そんな気がします。
姿が見えなくても、きっと、そこに2人で、仲良く、待っていてくれるんじゃないか。
そんな風に思えてしまいます。
不思議なことがひとつありました。
お通夜が終わって、その後、ぼくら兄弟とこどもたちだけが、おばあちゃんの家に
泊まることになっていて、ぼくが鍵を預かっていたので、ぼくの家族が先に家に着いて、
家に入ろうと車を降りたら、トイレの電気がパカパカ点滅していたんですね。
長男が気づいて、切れかかってるんだね、って話をしていたんですが、
家に入ったとたん、ちゃんとつくようになったんです。
それを昨日、家に帰ってくる車中、思い出して、妻と話をしていたんですが、
きっと、おばあちゃんが、ぼくらが家についたことに気づいて、いつものように
遠くからよくきたね、いらっしゃい、って言ってくれてるんだねって。
そんな気がしてならなかったです。
おじいちゃん、おばあちゃん、また遊びにくるからね。またね。