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日々のつぶやき・ひとりごと

今日は、こどもたちが習っている剣道でのキャンプでした。


近くの廃校になった小学校を使って、外で焼肉や花火をしたり、


学校の中でドッジボールをしたりできるんですね。



今までは都合がつかず、参加ができなかったんですが、


今回は、僕も妻も赤ちゃんも、お手伝いをかねて参加できました。



3時過ぎにいったんですけど、本当は夕方には帰ろうと思っていたのが、


行ったらすぐに、よそのお父さんがビールをついでもってきてくれて、


断ることもできず、仕方なく、ほんと仕方なく飲むことになり、


そのままがっつり、焼肉やら帆立やら、手羽先やらと、たんまり食べて


お腹いっぱいなりました~。



いや~、ビールをついでくれたお父さん、ありがとう!


久しぶりにこういう集まりに参加したんですけど、いや~、


ほんと楽しいお酒と食事でしたね~。



これは、毎年参加せねば・・・。


しかも、泊りがけで行った方が、もっと楽しめるぞ・・・。


と、ちょっと企んでしまいました。


来年はまだちょっと早いけど、都合がつけば、妻も赤ちゃんも


いっしょに泊まれればいいな~。



そうそう、ぼくらが帰ったあとは、なにやら肝試しがあるみたい。


わがやの長男はもう大丈夫だろうけど、次男くんは・・・。


泣きべそかいてるんじゃないだろうかな~。



明日迎えにいくので、聞いてみようっと。

どうやって広まるんだろ?


きっと、スタートってあるんだよね。



火のないところには煙は立たない?


ほんとかな・・・。


いろんな方法を使えば、煙はあがるし、火もつく。


それをするかしないかは、そのひとにかかっていること。



でも、やっぱり噂って、よくないことのほうが多い。


噂をされているひとのことを、良く思っていないひとが


それらしいことを、それらしい言葉で広めていけば、


まるで、その噂が事実のようになっていく。



どうして、その確固たるものがないのに、そのことを


信じたり、動揺したりしなきゃいけないんだろ。


そんなに知りたいなら、直接聞けばいいのに。



その噂を信じたくないなら、信じたいことを信じればいいのに。


自分で、信じられなくなる道を選ぶことないのに。


真実はひとつ!だけど、まわりで流れていることは事実。


真実ではない、事実だけがたくさんの場所を、空気を


埋め尽くしていってしまう。



そんなの、なんか変。


だし、なんか嫌だな。



そんなのがなくなるような、気持ちのいいことばかりが


空気中にふわふわしているような、そんなところになっていけばいいのにな。

やっとこさ、です。


何が?ですよね。



それがですね、赤ちゃんのお風呂、ぼくが入れても


泣かなくなったんです!



・・・って、なんだそれ?って言われてしまいそうですが、


ぼくにとっては、かな~り重大なことなんです。



なんせ、ぼくがお風呂に入れるときは、妻が浴室に連れてきて


ものの1分程度で泣き出しちゃうんですから。



そのままエンドレスに泣き続けちゃうんですから。


どうしよう・・・と思っていたのですが、ちょっとこないだから


あの手この手を考えて、どうにか泣かない方法はないかと


探していました。



そしたら、みつけたんです!


まずは、湯船につかったら、前は向かい合わせになってたのを


湯船のへりにむけて、つかまり立ちをさせるような格好にしたら


なにやらご機嫌になってました。



さらに、体や頭を洗うときも、抱っこの状態から、ふとももの上に


寝かすようにして洗ってたのを、ほぼずっと抱っこの状態のままにして


洗うように変えたんですね。


そしたら、泣かなくなったんですよ~。



なぜかはよくわからないけれど、そうして入れるようになって


4、5回なんですが、どうやらうまくいったみたい。



このまま、泣かなければいいな~なんて、思ったりもしてるんですけどね。



最近は、ずいぶん表情や手足の動きや、はいはいなんかも素早くなって


成長してるんだな~と思わされます。



その成長のひとつひとつが、微笑ましくもあり、嬉しくもあり、


感動でもあるんですよね。



癒やし・・・以上のものがそこにはあるような・・・。


安らぎ?生きがい?


・・・う~ん、言葉にするのは難しいけれど、いろんな力を


ぼくに与えてくれているような、そんな気がします。



まあ、上のお兄ちゃんたちも、そういう感動とかを与えてくれる


存在と考えると、同じと言えば同じなんですけどね。


なんせ、生意気な息子どもなので、なにくそ!って


やりあっていますけどね~。



いつまでも、おっかない父さんでいたいなとは思っているのですが・・・。


はたして、いつまで通用するのやら・・・。


ちょっぴりさみしくて、悔しい思いをしてしまいそうに思えるけど、


楽しみでもありますね。



そのうち、背も抜かされるんだろうな~。


そのうち、力も強くなるんだろうな~。



よ~し、口だけは負けないぞ!

教えるって言ったら、ちょっと偉そうな感じだけれど、


仕事のお話。



部下や後輩に何かを教えるって、難しく感じる。


本当は、そんな難しく考えなくてもいい気がするけれど。


やっぱり、自分の思っていることを、言葉に表現して


伝えようと思っても、距離や違和感を感じたりしてしまう。



それは、ぼくが悪いとか、相手が悪いとかはわからないけど


伝える側と、伝えられる側の、意識の差というか、


意識の場所というか、そういうものが違う気がする。



もともと、わかりずらく、まわりくどく、冷たいような言い方を


してしまうタイプなので、余計かもしれないけれど、


その言葉を吐きながら、その裏側にあることも伝えたい。


そんなふうに思ってしまったりもする。



大事なこと、大切なこと、そういうことを伝えようとしても、


そうではない場所に行ってしまう。


なぜだろう・・・。


ぼくの伝え方が悪いのか、そもそもぼくだから悪いのか。



細かいことや、繰り返しのことを言ってしまうけど、


それでも、そのことが重要なことで、そのことが何かに影響することで


そのことをクリアしないと、視野がせまくなってしまうこともある。


そう思って、信じて、やってきてるんだけれど。



あまり言い過ぎると、逆ギレや、態度が悪くなったり、


聞く気がなくなったりする。



前だと、それに対して腹を立ててしまって、さらにきつく言ってしまうばかりに、


そのひとだけではなく周りにも、悪い影響を与えてしまう。



いまは、そうならないように気をつけているけれど、なんだか自分らしくない。


かもしれない。



伝えなきゃ、伝えたい、伝えよう、そう思えたことを、飲み込んで


違う言い方で、くるめて伝えていったりしている。


らしくない・・・。だろうな。



でも、納得して、理解して、そう思って進んで行って欲しいから、


そうなれるようにするために、どうしたらいいかを最優先に考えよう。



ぼくがどうこうなんて、どうでもいい話で、そのひとがどうか。


したいのか、したくないのか。


必要なのか、必要じゃないのか。


大事なのか、大事じゃないのか。


なにが、欲しいのか。


どうしたいのか。



それが大事なんじゃないか。


そう、いまは、思っている。

物事って、順番が大事だと思う。



同じことをするにしても、順番が変わることで


最後の結果が同じだとしても、その過程が違って、


思ったとおりにならなかったり。


もしかすると、結果が変わることもあるかもしれない。



優先するべきことが何かで、それをひとつずつ確かに


していくこと。


そういうことをしていれば、何か思うような結果に


つながるような、そんな気がする。



それに、自分にも納得ができるし、逆に言い訳もできない。


そのほうが、すっきりするんじゃないかな。



できるだけ、自分が思うように。


できるだけ、自分が感じるように。


そのとおり表現できることが、できたなら。



ひとりでだったらできなくても、誰かの力を借りることが


できるなら。


ふたりでも足りないなら、たくさんのひとと一緒に


できるなら。



はじめは小さな力でも、いつか大きくなるのかもしれない。


そう信じて、そう願って、いけたらいいな。