「死にたい」は「生きたい」? | 弱ってるので休みます。

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「頑張りすぎ」「完璧主義だよね」「ちょっと緩めたらいいのに」と周囲に言われるけど、自分なんか全然頑張ってないと思って自覚なく突っ走ってしまった結果、心と体がボロボロになった人のたわいないライフログ的なもの。

「死について考えたことはありますか?」と聞かれたので、「先週はちょうど死にたい1週間でしたねぇ」と答えた。
言った後、人前で話すことじゃなかったかな、ちょっと正直すぎたかなと反省したけど、返ってきた答えにハッとさせられました。

「死にたいって思ってる人は実は生きたい人なんだと思いますよ〜」

えっ?どゆこと??と思ったけど、その方曰く、死にたいという状況はうまく思うようにいかない自分に対してもがいてるから起こると。つまり、なんとかして今の状況から脱して、自分の人生を生きたいってことだと。(おおまかこんな感じでおっしゃってました。)

なるほどと思いました。先週「死にたい」と思って苦しんだけど、そのきっかけとなった出来事…それは、管理職からの圧力の電話。期待に沿えない自分は無力で無能だと思いつめてしまったということがありました。
これって、ほんとは期待に沿えるようにしたいけど、どうしてもできない。つまり自分の思うようにできないというところから生まれてきてると考えられます。

ずっとこのままなのかなと不安な日々でしたが、このことに気づいてなんだかちょっとホッとしました。きっとずっとこのままにはならない。苦しんでるということは、少しずつ復活への道を進んでるということだと確信できました。

まだまだ自分は「生きたい」らしい。どんなに死にたいと思ってもがいても、死ぬ方法を探しても、それは生きたい気持ちの裏返し。

大事なことに気づけてとても有意義な時間でした

周りが何と言おうと、アプローチしてこようと、私の人生は自分の気持ちに素直に、進む道を選んでいきたいなと思います。