GRAND TOURとは、17ー18世紀のイギリスの裕福な貴族の子弟が、その学業の終了時に行った大規模な国外旅行です。

(出典:ウィキペディア)

建築家が建築家として生きていく上で、自分の生まれた国以外に飛び出して、文化や言語の異なる世界の建築や人々の暮らしなどを見て周り、実体験としてその空間から学ぶこともGRAND TOURと呼んでいます。

 

古くはル・コルビュジェが著書「東方への旅(鹿島出版会)」で記したように、近年の日本では安藤 忠雄が著書「旅(住まいの図書館出版局)」で記したように。

 

僕も設計事務所で働きはじめた時に、いつかは海外に、できれば早いうちに建築を見る旅に出たいと思っていながら、それが実現できたのは新婚旅行でした。建築には縁がない奥さんがよく許してくれたなと今にして思います。新婚旅行ゆえ、奥さんを放って置いて建築ばかり見ている訳にもいかず、いわゆる団体旅行で、2月ということもあり大学卒業旅行のグループなどと一緒で、コルビュジェや安藤さんのように空間体験を重ねてスケッチしまくるというようなものではありませんでした。

 

それでも現地の文化に触れ、ガウディの建築やアルハンブラ宮殿などの歴史的な建築を見てその偉大さを体験し、パエリアの美味しさを知り、ロングドライブの車窓から広大なオリーブ畑を見て、世界の広さを知りました。当時、セビリアではサッカーのベティス対チェルシーのヨーロッパリーグの試合にたまたま遭遇し、有志でバスガイドさんと球技場まで行ったら、地元のおじいさんが「日本から我がベティスの応援に来てくれた!」と言って私たちを囲んで応援歌の大合唱になりました。(少し建築から離れて行きますが。)で、せっかくだからとピッチの中まで入れてくれました。

セビリアの街中、青いチェルシーのユニフォームを着たイギリス人の大男ばかりでした。1998年のこと。

 

その後、バルセロナに行くのですが、これまた偶然、今度はホテルの窓から見える球技場でレアル対バルセロナの試合にこれまた偶然遭遇し、ガイドさんが誘ってくれたのですが、奥さんが行きたくないというので泣く泣く行くのをやめ、会場の外でスタメンをアナウンスする大きな声を聞きながら、警察が乗った馬の糞を踏まないようにしてホテルに戻り、TVでその試合を見ながら窓の外に球技場が見えるという夜でした。その日の試合は確かバルセロナが勝ちました。ホテルの下は人や車で深夜まで大騒ぎ。明日日本に帰国するのに、奥さんは少し不機嫌だったかな。翌朝、ホテルロビーに降りる時に見たのですが、このホテルがFCバルセロナの祝勝会?の会場だったようです。

 

ホテルの名前は、PRINCESA SOFIA INTER-CONTINENTAL

 

今このホテルを検索しても出てくるのでまだあるのが嬉しい。

僕が行ったのが、ホテルから徒歩5分のFCバルセロナのカンプノウ・スタジアムだったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、アメリカのGDPが年率換算で前期比32.9%減というとんでもない数字がでましたね。下げ幅過去最大。リーマンより悪化という事ですが、ワクチンが開発されても、安全性はどうなんでしょう?後になってあの時は早すぎましたなんてお詫びされてもねぇ。
少し前の読売新聞に今のコロナの状況とアニメ風の谷のナウシカの世界観を重ねて論じていた文章が掲載されてましたが、僕も同じことを考えていました。
何処の国が開発した兵器なのか偶発的に蔓延してしまったのか、創造力たくましく、色々な見解がありますが、いずれにしても地球に負荷をかける人類に対して巨大な調整が入っているように感じてしまう。(あくまで私見です。)
皆さん感染しないよう気をつけましょう。

 

 

 

 

 

 

住まいづくりを今考えている方へ。

 

家庭という字は「家」と「庭」ですよね。

建築資金建物本体の少なくとも1割は外構工事にお金をかけましょう。

その理由は後でブログでお伝えいたします。これ超重要です。

 

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小学生の頃でしたね。中学生では無い。

図書館で本を読んでいた時に司書の先生(中年の女性でした。名前は覚えてない。ごめんなさい。)が、小学生の僕にアントニオ・ガウディの写真集を見せてくれた。小学生の僕の面前に広がるとてもこの世のものとは思えない建築の数々、サグラダ・ファミリア聖堂やカサ・バトリョー、グエル公園などたくさん掲載されていました。確かサグラダ・ファミリア主任彫刻家の外尾 悦郎氏の著書(「バルセロナ石彫り修行」筑摩書房)を読んでいたからだったような気がする。ガウディも外尾氏も考え続け、闘い続ける姿勢に当時の僕はとても憧れを抱いたことをこれを書きながら思い出しました。

 

それから何年も経って大人になってから新婚旅行でスペインに行きました。奥さんは南の島に行きたがっていたんだけど、わがままを聞いてくれました。当時、鐘塔内部の螺旋階段を登りながら下から数を数えてたらカミさんから「階段に書いてあるよ」と言われたこと思い出した。で、階段内部は意外と落書きが多く中には日本語の落書きがあって少し残念だったことを覚えている。今はどうなんだろう。

 

当時は(昔は、かな?)カタローニャ地方の石しか使っていないとのことでしたが1985年発行のガウディの作品集を読むと「現在は鉄筋コンクリートの柱の上に石を張る工法で建設が進んでいる。」とあるから、現在は大分工事が進んでいるようですね。当時はあと100年位かかると言っていた気がしますが、最新の情報をWikiで検索すると竣工2026年予定とありますね。え〜本当か?

 

1882年の着工から150年弱で完成。工期半減できたのは先端ITの活用によるところが大きいようです。もうすぐだ。また行きたい。

私ごとですが、建築設計事務所で日夜建築設計を生業としながら、音楽制作を趣味としています。

 

 建築設計を仕事としたのは、自分の中ではとても自然なことで、何の迷いも無くこの道に入ったという感じです。

小さい頃は私が騒いだりしていると、紙とペンを渡せば静かになる子供だったと親から聞いてます。

 

で、中学生の頃に高校受験を控えて自分の部屋で勉強をしながら深夜に聞いていたラジオから、「この人は建築家でミュージシャン」という曲紹介があって、その「建築家でミュージシャン」というキーワードが何故か心に刺さって、いまだにそれを追いかけています。

 

 それが誰のことだったのか、未だ謎のままです。多感な中学生でしたから、そんな一言が刺さったりするんですね。どんなことがその人の心に刺さるかは人それぞれですが、大人になっても何が自分に合っているのか分からないという人もいる中(むしろそういう人の方が多いかもしれませんが)、自分は幸せだなと思います。

 

建築設計で食べているので、建築についてはプロになり、音楽については仲間とたまに集まってオリジナル曲を作ったりアマチュアとして楽しんでいます。どちらも構想から始まってだんだん形にしていくことが共通していて面白いです。

 

 

星野や富士の客室外テラスのコンクリートテーブルとエタノール暖炉はこんな感じです。

10月なので虫もいないしゆっくりワインを飲みました。

 

 

少しピンボケですが。

星野や富士の続きです。

 

いろんなオプションが現地で申し込めて、僕が選んだのは朝のウッドテラス(宿泊施設から少し山の方に登ります。)でサンドイッチを自ら作るというもの。

朝このように用意されていて、あとは簡単に切ったり焼いたりする程度。片付けなどはスタッフがやってくれます。

 

で、作った物をグランピングテントの好きな場所で食べました。僕が行ったのが10月なので少し肌寒かったけど、朝早いということも有り、他に誰もいなくてこの空間を独り占めでした。

2020年の現在は、新型コロナウィルスがまた感染拡大していますが、こんな休日の過ごし方もおすすめです。

2018年にホテルの設計をしていた時に参考に宿泊した星野や富士の僕が泊まった部屋の写真です。

空間はとてもシンプルで、エタノール暖炉がついた屋外テラスに寝転んでワインを飲みながら贅沢な時間を過ごしました。ジビエ料理が美味しかった。朝の屋外デッキテラスで食べたサンドイッチも最高でしたよ。

山本寛斎さんがお亡くなりになったという記事を早朝ケータイのニュースで見ました。

今たくさん記事が出てますね。

 

バンド「BOØWY」がデビューするかしないか初期の頃のバンド名が「暴威」、それは山本寛斎さんが2016年に死去した世界的ロック歌手、デビッド・ボウイさんの為にデザインした「出火吐暴威」との漢字が描かれた衣装から着想を得たというのは有名な話。当時、横浜銀蝿が流行っていたから群馬暴威はどうかと事務所からいわれて絶対嫌と断ったと確か布袋さんの回想録にあった気がします。

 

 

日本と韓国、お互い地球という宇宙船の座席が隣同士で席替えできないんだから、仲良くできないにしても喧嘩はお互いに何のメリットも無いのにね。