理解されなくても愛されています

 


 




両親共に私を理解出来ないみたいですが、だからと言って私の存在自体を否定されたことは一度もないです。
 




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幼少期は怒られることしかしてこなかったけれど、でも否定はされていないし、むしろ私の全てを全肯定。
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未だに謎だと言われていますが、全肯定。
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夜中の発狂

 

 

数年前、

いつか覚えていないが夜中に発狂した

 

 

 

 

目が覚めると同時に、発狂スタート

 

 

 

 

大声を出すと近隣の迷惑になるので

無音で叫ぶ

(フラットな私はちゃんと見てくれている)

 

 

 

声帯完全オープン

 

無音で喚きながら

号泣しながら

布団の上でのたうちまわる

 

 

 

30分くらいだろうか

 

 

 

 

『え?大丈夫…?』と

心配する私もいたが

 

フラットな私は

そんな私をそ…っと止めて微笑む

《放っておけ》と

 

 

 

 

 

『私、壊れるのかな、

このまま分裂しちゃうのかな』

 

えらい冷静に見ている私もいた

 

 

 

 

 

ちなみに発狂中、私は4人いました。

①発狂する私

②心配して止めようかとオロオロする私

③冷静な私

④フラットな私(本質であろうと思われる)

 

 

 

 

発狂の理由

 

 

当時は小さいながらも組織の中で働いていました。好きな仕事だし好きな人たちに囲まれている、楽しくてたまらない。申し分なしの環境。

 

 

 

 

 

でも、いつの頃からかここでは私の本当にやりたいことはできないよという声がしていました。

 

 

 

 

 

進む方向は同じ、だけれど何かが違う。

 

 

 


1ミリでもズレはズレ、重なることはないんだよ

 

 

 


氣付いたら、私の中で何かが二分割されていました。

 

 

 

1ミリでもズレはズレ、重なることはないんだよ

 

 

 


それでも何かがわからず進み、心身ともにやばくなる一方。

 

 

 


1ミリでもズレはズレ、重なることはないんだよ

 

 

 

 


ここに至る前に、腸閉塞とかメニエール症発症していました。身体からは「やばいぞ、おいおい、まじやばいぞ」と発信されていました。

 

 

 

 

それはわかってはいるんだけど、どうしたらいいのかわからない私。安心できる環境から離れたくないから知らないふりをする私。

 

 

 

 


1ミリでもズレはズレ、重なることはないんだよ

 

 

 


 

色々な思いが交錯していき、そしてついについに精神のやばいところに触れたらしく終了の銅鑼が鳴り響きました。

 

 

 

 

 

ごーーん

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日、仕事を辞めたい旨を会社に伝えました。

 

 

 

 

1ミリでもズレはズレ、重なることはないんだよ

 

 

 

 

私の中でず〜〜っと回っていた言葉。この事実を受け入れないと死ぬな、と思いました。


 

 

 

 

安心できる環境から離れることは悲しいし寂しいけれど、自分の中ではっきりとわかっているのに違うところにエネルギーを注いでもきついだけなんだなと、えらく寂しくなりました、色々と。

 

 

 


 

退職希望宣言から辞めるまでの間、大変ではありましたが体調を崩すことは無くなりました。

 

 

 

 

 

きついから合わないわけでもないし、楽しくても合わないものはある。好きだけどご縁がないこともある。このサインが何で出るかは人それぞれですよね。

 

 

 

 

私は肉体に出ますが、こころ(意識)に出る人もいますし、意識の投影である現象に出る人もいるし言葉に出る人もいる。

 

 

 

 


快く生きる上で、自分からのサインが何を通して出てくるかは知っておいた方がいいですよ。ほんと。

 

 

 

 

 

そんなわけで、《からだ》《こころ》《ことば》は連動しているな〜って思う次第です。

 

 

 

 

 

こちらは、昨年の《青春18切符の旅》をした時の話です。どんなに愉しくても1ミリずれると色々と溜まるんだなと感じたことを書いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局この会社での全てが今の私に活かされているので、大局に見たらお金を頂いて自分の仕事の構築をさせてもらっていたわけです。

 

 

かと言って、こんな面倒なこと他の人には絶対に勧めません。

 

 

若い世代であればあるほど自己という個性をしっかり持っていて、かつその個性が育まれる環境です。

 

 


上の世代は個性を出さないよう育てられた世代なので(私の育った身近な環境は個性を育んでもらえていましたが、世の中的にね)個性の再構築が必要だったのだと思います。

 

 

 

なので、やる必要のない苦労はしなくて良いです。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
父は昔から冷たいものは飲まない食べない人です。それは胃腸が弱いからです。
 
 
 
 
幼少のころ、町医者の先生から「冷蔵庫のものを食べるときは数分待つこと」と言われ、未だに守っている人です
 
 
 
 
お店でも、お冷やは氷抜きを頼みます。
 
 
 
 
そんな父、この数日の暑さの影響で氷の入ったお冷や冷蔵庫で冷やした麦茶を飲めたそうです。
 
 
 
 
本人が一番びっくりしたようで嬉しそうに報告してきました。
 
 
 
 
私も同じくらい驚いています。
 
 
 
 
なぜなら、冷たいものは摂らないことを座右の銘にしている人が、人生の中で一番大事なこととしているような人が、それを破ったわけです。
 
 
 
 
衝撃的。
 
 
 
 
 
それは私の中の根っこにある塊が消えたってことなんだろうなという喜びもあります。周りは全て私の意識の投影なので。
 
 
 
 
あー、よかった。
 
 
 
 
と思っていたら、明け方より骨盤周り(仙骨、恥骨)の筋肉が緩み、血行良好で筋肉が痒くなっています。
 
 
 
 
筋肉には感情などが溜まります。
 
 
 
 
感情、思考、エゴなどが昇華し滞りがなくなると血流が良くなり痒みが生じます。
 
 
 
 
父の根っこの何かが変わったということは、完全冷凍並みに固まっていた私の根っこ(ルート)、第一チャクラが溶解していると言うことではないか???と喜びに満ちています。
 
 
 
 
 
父と私の関係は良好と言えば良好です。が、私が自分自身(本質)を表に出さない要因を作ったのが父なので、なかなかに厄介な人生を送ってきました。そういう設定をして生まれてきているので父を責めるつもりはないですしそもそも父が大好きですが、同時に腹が立ってムカついて世界で一番嫌悪していたという事実もあります。好きと憎むが同居するって結構キツイですよね。
 

 

 

あ、今

 

 

ファインダーを覗かなくても

シャッターを切る瞬間はわかる

 

 

心の目がその瞬間を教えてくれるからです

 

 

 

 

 

 



今朝はじっくり時間をかけてセルフメンテナンスをしました。




これはちょっと特殊で、イメージだけで動的ストレッチやマッサージみたいなことをします。イメージトレーニングのようなものだと思っています。






「マッサージみたいな」と書きましたが、マッサージでもないです。





不具合のあるところ(細胞)は硬化して潰れている(氣がする)ので、そこを膨らませて元に戻すイメージ。




それから、骨をこぞるイメージもします。




こちらは筋肉ではなく、骨にこびりついた要らない思考とか感情の掃除みたいな感じ。





これをやっていると勝手に身体が動きますが、氣にせず身体の動きたいように動かされています。




身体の観察ですね。



変態の遊びです。




イメージトレーニングは自分の動きが細部までイメージできると良いです。動いている時に受ける風や水の流れや、客観的に動いている自分がイメージ出来るとなおよし。そのイメージのまま動くとパフォーマンスは上がります。




でも、固執すると筋肉が固まるのでイメージ通りには動きません。


 

奥が深いねぇ、身体。