ベキネバ教

 

私たちは「自立しなくちゃ!」「働かざる者食うべからず!!」「一人でなんでも出来るようにしなくてはならぬ!」とベキネバ信者でした(世代的にそうでしょう)。これをすればするほどに雷が落ちているなんて露知らず、励みに励み勤しんで参りました。

 

 


そう、要は自立の捉え方が違ったのです。

 

 



世間で言う自立は「独立」なんだろうと思います。私が思う自立は「自身を律し、大元に委ねられている状態」です。要は他力本願。他力とは大元で、他人さんのことではありません。

 

 

 

「私」を綺麗さっぱり洗い流して大元に全てを明け渡し、大元の望む動きをすること。要は大元の能き(はたらき)に合わせられる状態にあること。

 

 

 

 

その動きは人それぞれ違い、ガッシガッシ突き進む人や、バリバリのやり手の人もいると思います(動きは結果そう見える、というものだと)。

 

 

 

 

そして私含め8ハウス人間はそれとは真逆に見えるかもしれない動きなのでしょう。「甘えている、ちゃんとしないとダメじゃない?」とか、そんなようなことを言われるかも…と思ってしまう。私はビビり散らかしていました。





私は世間一般的な『働く』ことからドロップアウトした人間です。私にとって既存の働き方は自分の在り方(大元に沿った動き方)とは違うわけで、私に合った動き方はちゃんと用意されている。

 

 

てことはわかっているよ、わかっているけどさ!!!!!

 

 

 

そんな時に出会ったのが、こちらの記事の中のこちらの文章。

 

 

 

 

 

 

ーどんな形であれ、誰のお金であれ、それで生活できるなら、それでいいんですね。お金は誰のものでもなく、循環のプロセスにいるだけなんですね。 記事引用

 

 

え?まじ?いいの??いいの??そういうこと????やっぱそれでイイんだよねねねね????

 

 

 

興奮して前のめり。ありがとうございます、ありがとうございます、この記事を投稿してくださってありがとうございます、そしてこの記事を見つけられた私、よくやった!!なんだよ、そうかそうか、やっぱそれでイイのか〜〜〜と。

 

 

 

8ハウス人間は「え?」と言われるような受け取り方をする人が多く、それに対して罪悪感を感じることも多いそうです。

 

 

 

 

私も友人もそれよ〜。

 

 

 

でも、お互いの中では罪悪感や感謝も特になく出来ている。いや、深いところで感謝はあるのですが、それを感じられるから表に出さなくていい。

 

 

 

それがお互い心地よい。全くありがとうと言わないわけではないです。口にしていることも多々ありますが、なんだろう、フラットと言うのか。そういった関係性が出来上がっていたことに喜びと良い意味での拍子抜けでした。肩の力が抜けたと言うか。

 

 


なかなか出来ないなぁと言いながら、やっていることに氣が付かないってことはよくありますね。

 

 


は〜よかった。