今思えば昨日のカマキリは何かを暗示してたのかもしれないなー。



昨日のカマキリ、わが家の犬にそっくりだったんです。チキンなくせに好戦的なとことか、からかったら腹を立てて仕返しをしてきたりとか。



最初はかわいいかわいいってずっとかまってたら、遊んでくれてたんです。



でもそのカマキリ、私がしばらく放っておいたら、壁を上ってどんどん上に行こうとしてたんです。



私はどうにかして下に引き戻そうとして、いろいろしたんです。それでも戻ってこないから、何か道具を使って下ろして見ようと考えたんです。




でも、私が道具を探して、目を離している隙にカマキリはいなくなってたんです。




奇妙なことに、窓も開けていないのに、家具の裏とかにもいなかったんです。




さっきから何がいいたいかっていうと、




今日うちの犬のぎんが、10:36に亡くなりました。



最後にきつそうなそぶりを見せてたのに、ちゃんと見てあげずに家族に連絡することばかりに熱中してちゃんと看取ることができていません。



気付いたら、もう生きているぎんはいなかったんです。



昨日病院行ったのにね。薬貰って、母が飲ませてあげたのにね。




今朝まで元気になって、吠えてたのにね。





今朝元気になってるうちにたくさん遊んでればよかった。結局、撫でることもしてないや。



拾ってきてたったの五年、およそ十五才でした。長生きしたねー。




一人で死んだぎんを見ながら泣いてた私を慰めてくれたり、頭撫でてくれたりしてくれた父と兄、ありがとう。



でもそれよりぎんのことを撫でてあげてほしかったかもね。ずっときらきらした目を開いてみんなが帰ってくるの待ってたのに。




そのあといろんなものを婆ちゃんが、ぎんを抱っこして見て回ってました。



いたずらしまくってた座敷、わがまま放題していた婆ちゃんの部屋、開けようとして引っ掻いていたドアの隅っこの傷、大嫌いだったお風呂。




その場所場所でぎんに話しかけている婆ちゃんを見てると、涙が止まりませんでした。




ぎんが苦しんで死んだのか、安らかに死んだのかわからないけど、ぎんがこの家にきたことを後悔してるのか、喜んでるのかわからないけど、



少なくとも私はぎんがこの家にきてくれたことに本当に感謝してます。




ホントに、五年って短い期間だったけど、楽しかったです。ありがとう。





もしも生まれ変われるならば、そのときはまた遊んでね。