息子が通う小学校の先生の中で「君が代」を歌うなと教育している先生がいる。今まではどの先生も教えたくないという「内心の自由」より教師としての職務を優先して教えていたわけなのだが。
 
前提として、私は今の国歌や国旗に愛着を持ち、天皇陛下や皇族の皆様を深く御尊敬申し上げている。憲法を改正してもらい、天皇陛下や皇族の方を中心に政治が行われる事を願っている程だ。
 
しかし、私の個人的な感情は抜きにして冷静に考えると以下のようになる(私の考えはちょっと御訪問いただく皆さんと異なるかもしれない。)
 
 
「内心の自由」・・・すなわち国旗に頭を下げたり、斉唱する時起立したくない、国家を斉唱したくないという心の自由はあると思う。しかし、実際に一人だけ不起立したり、国家を斉唱を拒否したりするのは職務違反であるので、罰則が適用されて当然だろう。民間会社で職務違反を繰り返すと減給から出社停止、はては退職となる。それを業務命令が不適切とか会社の為にならない等と主張してみても通らない。
国会斉唱については・・・、皆さんのブログでもあるように世界中でも学校行事で国家を歌っても歌わなくてもいいという国、歌わない国はあると思う。でもそれは、その国の国会等で法律で斉唱の自由、起立不起立の自由が保証されているからだ。法律がきまるまでは旧法律の中で従うのは当然の事で、従わなければそれなりの罰則があるのは仕方が無い。
君が代について・・・君が代の君は昔は天皇陛下の事をさしていたと思うが、新憲法になって以来国民主権となり、君=天皇陛下から君=国民へと代わったという認識が一般的だと思う。だから、君が代斉唱が天皇陛下崇拝とか戦争教育という考え方はどこか勘違いしているのだと思う。歌が古くて換えたい、国旗も換えたいのであれば、正当な手続きに則って換えるべきだ。国会で審議して変更すればいい。多くの国民がこの国歌と国旗に愛着を持っているので、未だに審議にもならないのでは無いだろうか。
教師が一般的でない特定の考えを児童に押しつけるのは児童の正当な教育を受ける権利を侵害していると思う。正誤のはっきりしない ある特定な価値観を押しつけてはいけないと思う。物事を多角的な見地から教えることは重要な事である。20歳になるまでは特定な宗教や政治・思想を押しつけないというのが正しい事だと思う。