| 先日息子達が通う小学校の参観日に行って来た。年4回程ある。嫁が熱を出し、私しか参観できなかったのだ。小学3年の息子は保健、小学1年の息子は音楽発表会であった。 |
| 小学1年の息子は参観日の前からはしゃぎ、はりきり、歌や遊戯を練習していた。 |
| まずは、小学1年のクラスの参観は別室の集合室で、合唱や遊戯を行った。子供達はとても楽しそうで、親たちもカメラやビデオを撮影している人もいた。先生は時々、親達にも参加を呼び掛け親も参加していた。先生は終始裏方に徹し、進行役をしていた |
| 3年のクラスの参観は保健衛生の話でばい菌や細菌に関する授業を行っていた。 |
| その後の懇談会には嫁からも言われていた1年のクラスに出席した。 |
| ほとんど一方的に先生の話で終わったので、私が要望を述べた。 |
| 私「年間4回程の参観の内、音楽や図工等の参観が多いようだ、児童の歌う姿の発表会も良いが、主要科目である算数や国語の参観をしてもらいたい。音楽は学芸会、体育は運動会で子供の成長が見えるが、算数や国語の習熟度を見る機会が少ない。先生が普段どのような授業をしているかをしるのが、参観の目的ではないでしょうか」 |
| 先生「今回の発表会は前回の発表会でできなかった部分を親御さんに見てもらいたかったし、子供達も楽しみにしていた。国語の授業は1度参観しています。参観の内容がだぶらないようにしています。まだ1年ですし、ただ、次回は保健で、算数の予定はありません。」 |
| 私「参観の予定を決め居ているのはどなたです」 |
| 先生「学年の先生全員で決めています」 |
| 時間も押してきたので、この辺で止めたが、参観日に発表会形式の授業をする必要が無いと思う。音楽をするのであれば、楽器の使い方や、歌の歌い方、音楽の基本等をレクチャーしている先生の姿を見たいと思った。それに主要科目である算数を参観からはずすなんておかしい、まだ1年生だというが、もう幼稚園児では無い。 |
| 確か日教組教育の一つに価値観の押しつけを否定する処があった。しかし、価値観の押しつけを否定する癖に、着実に国民にその誤った価値観を押しつけてきた。例えば競争原理の否定だ、過度な競争はともかく適度な競争は子供の成長に大いにプラスになる。思うに親も先生も子供に正しい価値観を強制し、頭にたたき込まなければならない。何故なら人間は生まれて直ぐは価値観の無い存在だ。神がいつもそばにいて正しい価値観を教えてくれるなら、なんの問題は無い。しかし、人間の価値観は千差万別だ、泥棒には泥棒の価値観、怠け者には怠け者の価値観がある。それらの価値観に染まらない内に、正しい価値観を植え付ける義務があると思う。正しい価値観は子供の将来を真に思いやる心からしか生まれないのだ。誤った価値観の2つ目に親と子供が対等であるという価値観だ。とんでもな話だ。先生と言う言葉からして’先に生まれてきた大先輩’や先にその職業・業界の世界に生きている先輩を先生と呼ぶのでは無いか。 |
| 子供を甘やかして対等にしていたら、弱肉強食の国際社会で日本だけが、馬鹿ボンの集まりになり、いつか外国人の門に馬を繋ぐ事になるだろう。 |
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