私はここ数年、ずっと義父が嫌いだったのだけど

その理由は積み重ねの事が色々あって

自分でそう思ったのだと思っていた。

でも、悪意ある人のせいでもあるのかな~って事に気が付いた。

 

それを文章に書いて整理しようとしてみても

なかなかうまく文にできず

そのきっかけから1か月ほど経過したんだけど

 

あの時からビックリするぐらい

義父に対しての嫌いって気持ちがなくなった。

 

まるで目からうろこ。

人の悪意ってもんに侵されていたのだなぁ~

 

最近ではそれが世の中で同じように悪意がまみれているなって気が付いた。

 

マスコミの刷り込みのような報道がそれ。

何度も何度も同じような内容を言い方を変えて流す。

最初はそれが気にも留めなかったことが

だんだんと事実となり、固定した意識と変化していく

気が付きにくいけど、マインドコントロールされていると言うこと。

 

思い込んだ感情を払しょくするには

ケガの功名のように、傷をつけてはがし落とす荒治療が必要。

 

だから、今回私は悪意ある出来事に嫌な思いはしたものの

気が付いたことの大きさの方があったので

結果的によかったし、成長で来たなぁ~と思う。

 

とにかく私は、怪我の功名と言うか

傷付いた出来事から、苦しみの中で前向きになれる性格なんだと

自分の性格がいいな!って思った。

傷を負わずして気が付くことがないのが人間らしいのだけど。

 

今回、なぜ義父のことを嫌いじゃなくなったのかは

夫と結婚以来、特異な存在の親戚Aさんが関わっている。

 

Aさんは、嫁ぎ先とは血縁はないけど親戚の立場だ。

最初、姑でもない小姑でもないこの方が

なぜ一番声が大きいのか?

なぜみんな言われっぱなしで何も言い返さず

愛想笑いでやり過ごすのか?理解できなかった。

 

一見、親切で親しみやすい雰囲気で正論を言う方なのだ。

この一見いい人の根底にあるのが底知れぬ深い事情で

シンプルにいうと、生い立ちはあまりにも可哀想だ。

だからと言って、このような性格になったのかはわからないが

彼女のやり口は

巧妙に相手の心にダメージを与えるということ。

それに未熟な人間は信じ切ってしまうと言うこと。

大人の人間はうまく立ち回れるけど、必ず人間関係を

知らぬ間に壊されていると言うこと。

 

この罠に、私はいつの間にかかかっていたのが分かった。

私は最初は義父を嫌いではなかった。

むしろ、立派だと思っていた。

家長制度を体現していて、父親は父親らしく母親は母親らしく

良くバランスが取れた家なんだなって思っていた。

 

でも、近年は義父の義母への態度もそうだけど

自分勝手で、面白くないとすぐ周りに八つ当たりして

嫌な人間で小さな人間と思っていた。

 

それにはAさんの巧みな刷り込みが関わっていたのが分かった。

どれぐらい義父は嫌な人間なのか繰り返し繰り返し

言い方を変えて言い続ける。

いやそうじゃないよ。と最初は思っていても

そうか。そんな一面があるのかと思い気が付くと

自分も嫌な面が目立って見えるようになってる。

 

手のうちにはまっているのだ。

Aさんの目的は、「自分こそ大事にして欲しい」

という思いだ。

これは悲しい生い立ちがあって、それを自覚する間もなく

生きていくしかなかったという人生に影響があるのだろうが

 

Aさんには父親がいない。父親と言える立場の人と暮らしたことがない。

最初の父親は母親との離縁でいなくなった。

そして、母親の再婚相手の男性は父親になることを拒否した。

Aさんを自分たちの生活から離して

Aさんは別の家に引き取られていった。

その家は女性一人の家で、父親はいなかった。

結局、Aさんは3つの家を転々としたけど

父親という立場の人がいることはなかった。

 

だから、大人の男性に対しての、それが父親のような立場の人には

ある意味恨みのような感情が根底にあるのだと思う。

ことさらに、義父の悪口を言った。

その一方で、自分は好かれるはずだという思いもあった。

だけど、結局は親戚のような関係であって血縁でもない。

よそから来たAさんが引き取られた先が義父の伯母さんの家で

伯母さんの家に引き取られた子だから親戚と言うだけで

Aさんは義父の10個下だった

親子ではない年齢差。年の離れた兄妹のようだけど

義父にはすでに5人の姉がいて、やっとできた男子で

それはそれは可愛がられて育てられていたので

幼い子を可愛がるようなタイプではなく

自分こそ家長だという育て方だったのだと思う。

 

それでも、農地改革にあってそれまでほとんど農作業をしなくても

小作が農家をしてくれて、余裕で暮らせた父親が義父が30代の時に

他界した。その前に母親は中学生の時に亡くなったそうだ。

義父には弟が二人いて、末の弟が生まれて乳飲み子の時だったらしい。

 

農地改革はあって、農作業をする必要性や男尊女卑の時代で

体調不良だった母親が早くに亡くなったのだろう。

姉が5人もいたから、女手には困らなかっただろうけど

義父は24ぐらいで同じ年の義母と見合い結婚した。

農家での女性で丈夫なのが条件だったけど

お見合いしたら、結婚するものと思う純粋な時代。

 

多分、義父と義母には恋愛という時代はなかったのではないか

義母はよく「お父さんはどこにもつれて行ってくれなかった」

と言っていた。自分に対して『働き手』としか思っていないのは

純粋だった義母さんも分かっていて

晩年、認知症になって、遊んでいたら義父さんに怒られると

ビクビクしていた様子を見て思ったのは

ずっと、働くしかなかったんだなぁと

子供は生まれたから夫婦生活は普通にあったけど

それも、子孫繁栄のためで

自分を女性として優しく大事に思うようなことは少なく

夫婦なんだから当然と言うのが昔の農家の夫婦なのか。

 

それが当たり前の時代。

恋愛経験がなく、お見合いで結婚して

父親と母親と言う立場を担ってきて今がある。

義父に愛情深さを感じないのはそれもあった。

 

Aさんを思いやるような人でもなく

親戚だからという義務的な事だった。

 

どこにいっても、父親という人に出会ってなかったAさんも

義父に対しては理想の父親像を願った。

それが普段からの悪口になる。

 

この悪口が巧妙で

息子である夫には言わずに、嫁の私に言うのだ。

私に言うことは、近所の人間はこんな風に言ってるよと

私を徐々に追いつめるような言い方。

でも「私は味方だからね!」みたいに自分はいい人の立場を取ろうとする。

 

素直な人なら、その話術にはまるのだろうし

疑問に思う人は話を合わせつつ話術に飲まれて行く。

 

私は純粋な人間ではない。

人間の悪意や、人間の弱さを見て来たと思う。

一番そうだったのは親の弱さだ。

 

親と言う立場でも、人は弱ったり苦しかったりすると

子供の人生をつぶしても、自分が楽になりたいと思うのを

見て来た。

それぐらい、病気が辛かったのかもしれないし

苦しかったのかもしれないけど

親なのに子供をつぶす。

人間はそんなもんなんだよ。

 

だけど、私はその親の弱さを受け止めて乗り越えたから

人間の弱さの悪意を知って強くなった。

 

だから、Aさんの悪意など対抗できる強さがあった。

いつものように始まった悪意。

「地域の人がここの家の事悪く言ってる」

という噂話を教えてやる。という手法だ。

 

本当に巧妙。最初はただの世間話から始まって

気が付いたらそういう話しになる。

誰が言ってるかは言おうとしない。

それを指摘したら

カッカッして

「あんたみたいな人に教えたら文句言いに行くでしょうがね!!」

とこっちを攻撃する。

 

はぁ~??人格否定ですか!!

どうせその人物がいないから言えないんだろうが。

自分が作った話だからな!!

私の中でも答えはあるけど

目的は、こちらを悪意で弱らせること。

Aさんのやり方はいつもこうだ

 

①○○さんがこう言ってたよ

②私に言われても困るけどね

③この家をこんな風に言われているのをかばったけど

④でも、言われるのが悪いからね

そして、不信感や嫌な気持ちをさせていく。

これを何度も繰り返して行くうちに

他人に対しての不信感を植え付ける。

 

これが巧妙なのだ。

悪意マスコミのやり方と同じ。

うっかりはまると、地位や名誉も奪われる。

 

それに今回は私は切れた。

「Aさんの話しはいつもそうだよね!

 誰かも言わずに嫌な気持ちにさせて!!」

そうしたら、キレたキレたAさん!!

 

なんで教えていやってるのにそんな風に言われなきゃいけないんだよ!!

このうちは悪いのに!!

と、悪いのはこっちだと。

 

まぁ、孤立させる目的なのかね。

周りの人間から嫌われているって思わせて。

 

でもさ~Aさんの事嫌いって人多いよ。

 

「じゃあ、言わせてもらうけど可哀想だから言わなかったけど

 Aさん苦手って人いるよ」

 

そしたらAさんみるみるうちに目が怒りの姿。

感情的なって攻撃してきました。

 

そして、カッカッして帰りました。

その間、義父さんはその様子を見て

的確な、大人のアドバイス。

 

「いう人間は好きなこと言うもんだ

 それを止めても仕方ない。

 気にするな。強く生きるんだ」

「幸せそうだと嫌味で言うのなら、幸せって言われて良かったと思いなさい」

 

くだらない悪意を向ける人間に負けるな。

というアドバイスでした。

 

他にも色んな事言われて

私が初めてブチ切れて、他の親戚も唖然としていて

中には逃げ出す人、中には後から寄り添ってくれる人。

でも、義父の言葉が私はとてもしっくりしました。

 

私だけじゃない。

義父だって今まで嫌な思い沢山して来たんだ。

 

ただのお坊ちゃんじゃなく

やっぱり家長として背負って生きてきた。

 

同じ人間として、尊敬できるかどうか。

生き方で表すしかないけど、でもやっぱり言葉は必要なんだ。

 

筋が通っている。

そう生きれる人でありたい。

 

でも、柔軟性を持って強く行きたい。

 

さて、そんなもめごとから1か月。

やってきました毎月のXデー。

 

Aさん。反省の色なし・・・。

また最初は普通の世間話で

やっぱり最後の方が

「●●さんがこう言ってた。この家の事こんな風に言ってた」

 

同じかよ!!

今回は義父に対してだったので

私は忙しいアピールでスルーしました。

 

私に言ったアドバイスを体現してか

義父さん華麗にうまくかわしていたけど

内心同じくムカムカしていただろうなぁ・・・。

 

Aさんは変わりません。

こうやって生きて行く人です。

 

それに飲まれるか飲まれないか。

 

結局は、強く生きるしかないのです。

ただ、この出来事をきっかけに

Aさんとめちゃくちゃぶつかったから

義父の立派さが分かりました。

 

びっくりするぐらい

義父を嫌いな気持ちがなくなったのです。

 

これは良かったなぁ~~

 

私はいつも切り替える思考に強い。

人生が面白いと思える素晴らしき人格って思ったりして~~