夫と義父は仲が悪い。
というか、義父が態度が悪い。
まぁ、言い分は義父にはあるのでしょうが
よくある親のプライドなんでしょうね。
お山に大将は二人はいらない。
老大将は必死に自分の地位を主張するのですが
でも、すでに夫は義父とは違う世界線で戦っているので
自分にとっての父親はすでに戦う相手ではないのです。
今は夫が大人の対応で関わらないことで過ごせていますが
もう、20年も近くに住んでいても
親子って相性が悪いと分かり合えないんだなぁと思っています。
義父の主張は言わなくてもわかります。
「自分の思い通りにしていないのが面白くない」
わけなんですよね。
義父の作った山は義父のもの
思い通りに動く人間がいて成り立つ。
でも、義父の周りの人間はみな年老いて
亡くなったり、認知症になったり、病気の家族を見たりで
今までのように動かなくなった。
代わりに息子が思い通りになるはずが
もう違う道を行っているので思い通りにはならない。
それに義母が認知症になった。
使い物にならなくなったから、長男の嫁が代わりにするのが当然。
自分の思い通りに動く義母を優しさのかけらも見せず
怒ってばかりの様子を見て来たのに
誰が義母の代わりになるかってのさ!!
なので、夫と義父がうまくいかないのは
嫁が使えないって事なんでしょうね。
葬祭系の段取りはするんですが
義父の世話はしたくないです。
その世話を夫と仲良くするために
私が努力してがんばってしたとしても
壊れていくのは私でしょう。
分かるのです、義父の男尊女卑の考え方と態度。
家のものは使用人だと思うようなところ。
私自身は、人に何かをしてもらうんじゃなく
自分で出来るようになればいい。
という考え方です。
奥さんが何でもしてあげて
上げ膳据え膳で生きてきたのかもしれませんが
その奥さんはもう、存在していても認知症です。
出来なくなっていくのです。
義父を育てなかったのは義母さんです。
自己犠牲になって、なんでも背負って
そして認知症になって何もわからなくなる。
無責任です。おいていかないでください。
長男の嫁は、自分の代わりではありません。
でも、義母だけじゃないのです。
「お父さんには無理よ!」という娘がいます。
「僕がするよ」という甘え上手の弟がいます。
周りがみんなで出来ない義父を育てていくのです。
女性の
『この人私がいないとダメなんです』
という考え方が大嫌いです。
でも、嫌いですが赤の他人がするにはお好きにどうぞです。
でも、そのせいで迷惑がかかるのが迷惑です。
義父は数年に及ぶ義母の認知症で
最低限の料理さえも出来ずに過ごしました。
周りがして当然の考え方。
「お父さんには無理よ」と甘やかす。
好きにやってくれよ。
自分が食べるものを自分で調達できないとしたら
それはもう死です。
人は口から物を食べれなくなったらそれはもう
生きていく道は細くなるでしょう。
母の病気を見て来て
どんなに頑張っても苦しんでいた。
それなのに、最後は点滴で水を一方的に与えて
余計に苦しい状況になっていた。
体から排泄されない水分で体がむくみ
息苦しいのに、始めた点滴を辞めることが出来ない。
どれだけ苦しかったか・・・。
もし、胃ろうにしていたら苦しみはあとまたしばらく長引いた。
母の死に安堵したのは、もう苦しみから解放できたからだ。
幸いにも父は、料理をすることを覚えていた。
学ぶ意欲が高齢なのにある人で、ちょっと口うるさいけど
向上心はすごい。
比べても仕方ないけど
義父にはその学ぶ意欲がないのだ。
義父の弟も同じ市内に住んでいるけど
夫婦二人きりで、奥さんが病気がちになり料理が出来なくなった
なので、ここ数年でおじさんは料理を覚えていた。
ぬか床も作るそうだ。
「なんでこんなことするかと思わなかったよ!」
とは言うけど、毎回総菜を買ってきたら家系は圧迫する。
学ぶ意欲があったのだろう。
娘が二人いるのに、頼らずやっている。
なのに、どうだ義父は!!
出来ないことを出来るようにしようとしない。
義母の介護の数年間、威張り散らしていて
全く同情も出来ない。
認知症で混乱する義母を怒鳴りつけて
何度、家からいなくなったのか?
私が探しただけでも3回はあった。
どういうつもりなのか。
怒鳴れば認知症は治るのか?
自分の思い通りにならない人間を追いつめる。
義母に対しての態度が、息子である夫になっただけ。
わがままに育てたのは誰なのか?
ハッキリと分かったのは
何十年近くに住んでも、義父は私にとっては他人という事。
息子たちにとっては祖父であり私とは違うのだと思うけど
私にとっては、父は許してあげれるけど
義父に対してはなんの情もない。
残念ながら、人としての尊敬の気持ちも枯れている。
人間の弱さだ。
義父も弱いけど、私も弱い。
私は自分を押し殺してまで、嫌いな人間を好きになることは出来ない。
義母の代わりなど出来ない。
それが不満で、八つ当たりをするとしても
まぁどんまいって思う。
残念ですが、私はそう思う。
親と子は複雑だ。
尊敬できるような姿を晩年見せてもらえるわけではない。
確かに、子供にとって親は強い。絶対的権力。
でも、だからと言って、ずっと当たり前に強いわけじゃない。
年を取るとその人の弱さが露頭する。
残念ながら、立派な人間なんてそういない。
それでも、だったら出ていくと
この20年で言わなかった自分を
私は自分でエライと思う。
他人が望む人間にはなれないけど
逃げない強さは持ち合わせていた自分に
なかなかやるじゃん!と思うのです。
弱い人間は弱い。嫌な人間は嫌な奴だ。
でもだからと言って、変わって欲しいと思っても
そうはいかない。
人間は愚かな生き物で、そして気が付かない生き物です。
あなたがどうこうと、私に言う人がいても
同じ立場で生きてもいないのに
理想だけ言うなよって思う。
あなたはあなたの立場で頑張ればいい。
私が変わる時は、それは私の考えでしかないという事なのです。