インスタでの交流が自分で思ってもキラキラしている!
ここでは載せない料理の画像なんかも載せちゃって
でも、アメブロではひたすら文章。
キラキラ一切なし。
でも、定期的にフォロー申請がくるなぁ。
なんでかなぁ?キラキラもしていないのに。
人には色んな面があって
その人のすべてが正面を見てわかるわけじゃない。
年齢を重ねると、誰かに悩み事相談をしても
いつの間にか「わたしもね」となって
相手の悩みを聞く羽目になったり。
人の相談など、真面目に聞くようなこともない。
本気で悩んでいる時は、カウンセリングとか行くのもありなんだろうけど
個人的には、カウンセリングとか精神科とか
あんまり意味ないんじゃないかって思ったりする。
精神科にも、カウンセリングとか、絵をかいて心理を読み解くとか
箱庭なんちゃらとかあるけど
ま、本当のところは分からんだろうねって思う。
だから、治療はほとんど投薬になる。
不安が強い時や、眠れない時や
症状を言えば薬が増える。
母が闘病していた時も、何かを医者に訴えれば
薬がどんどん増えて行った。
でも、結局病気は進行して死んじゃった。
最期まで、悲しい姿のままだった。
救いようがなかった。
母の人生は病気になる前に終わったんだなって思った。
葬儀の際に、母の気に入っていた服を棺桶に入れた。
参列者の方が「これ、よく着ていたよね!」と言って
母との思い出を思い出していた。
母は写真を撮られるのが好きだったから
友達と出かけた写真がアルバムになって沢山あった。
そのアルバムを斎場に置くと
お友達の方がめくっては、懐かしんでワイワイと話していた。
母は闘病が始まると、ほとんど友達に会いたがらなくなったけど
元気な時に友達だった人たちは
母がキラキラと楽しそうにしている姿を覚えていて
アルバムの母とリンクして、懐かしんだ。
母の亡くなるまでの闘病の数年は悲惨な状況で
家族も直視できなくなっていたけど
母の楽しかった時代の交流のあった人たちの思い出は
母がキラキラとしていた時で記憶が止まっていた。
そう思うと、友達の記憶に元気だった母を残せて
良かったのかなと思った。
母は友達が沢山いても、寂しがり屋だった。
晩年、父の退職金と自分の退職金を合わせて購入した
終の棲家の実家は
父と母と、私と妹の4人で住んでいて
結婚して子供が出来た兄一家が帰省で遊びに来たりすると
賑やかな家になった。
でも、兄の子供が成長してなかなか来られなくなったり
私が結婚して家を出て、妹も結婚して家を出て
一旦寂しくなったけど
私たちが子供が生まれて遊びに行くと
母はとても張り切っていた。
孫たち全員を本当に可愛がってくれて
孫たちの記憶は「優しいおばあちゃん」「大好きなおばあちゃん」
として成長させてくれた。
でも、その孫たちが成長してなかなか遊びに行かなくなると
母はとてもさみしがった。
そのうちに、他県に住む高齢で一人暮らしになった姉を
引き取って実家に住まわせた。
これが母の悲しい晩年の始まりになったと思っている・・・。
母の優しさが、自分自身を苦しめた。
その姉は子供がいないでご主人を10年以上前に亡くしていて
一人暮らしをしていたけど、認知症を患ってしまった。
財産は夫が残した分と、土地もあった。
その財産を巡って、母の兄姉と関係が悪化していった。
母は、本当に優しさで姉を心配して引き取ったのに
姉にお金があったから、兄や姉が「独り占めする気か!?」と
うがった目で見て、母を責めた。
一人にして、食べることも出来ないで死んでしまったらどうするのかと
心配したから引き取った母に
「それは自分の責任でしょ!お金はみんなのものだからね!」
と言った姉を、母は死ぬまで許せないと思ったままだった。
言葉のあやかもしれないのに、母はその時の言葉が突き刺さり
その後は病気になっていった。
病気になった時にも、ひどいことをいった姉との
メールのやりとりで、さらに関係は悪化していった。
『金は魔物』
元気に稼げるときは、「そんなのいらないよ」と言っていても
人は年を取り、健康や生活に不安が出てくると
他人のお金なのに、もらえる物なら貰いたいと思うのだと思う。
認知症になった母の姉に、財産がなかったら
あんな風にはならなかったのかもしれないけど
通帳の預金残高を見て、母も引き取ったのではと私も思っていた。
「兄や姉は長姉のお金を欲しがっている!」
そう父も言っていたけど
人がそう思うって言うことは、自分が思っているからだと思う。
私たち子どもには、両親が人のお金の件でもめることを見て
もし自分たちがもらえるとしても、いらないのに。って思っている。
でもそれは、私たちがまだ現役で働けるからだ。
収入が少ない年金だけになり
育てた子供たちが養ってくれるわけでもないとしたら
とたんに、お金に対しての不安が出てくる。
高齢になって、体への健康不安も出てきて
働いてお金を稼げなくなったら
人のお金だとしても、もらえるもんなら貰いたいと思うのかも。
世の中がコロナ禍になって
給付金詐欺なんてのが摘発されているけど
あの人たちは、仕事があるのに詐欺をした。
悪い奴らだ。
働けるのに、詐欺をしてまで欲しがる。
給付金なんてものを配っても、本当に必要としている人に
どれぐらい行き渡ったのか。
頭が良くて、若くて現役の人たちが
もらえるもんは貰いたいと犯罪を意識してまでやってしまう。
お金への執着は、不安から起こるのか?
何度もテレビでは顔が出ているから
もう、20代の若さで人生終わったようなもんだ。
そんなに重い罪にはならないにしても
世の中に名前と顔が刷り込まれたのだから
普通の生活には戻れないだろう・・・。
「知りませんでした」
なんて言って、堂々と前を向いて警察車両に乗っていったけど
何度も放映されているのは本人は知らないだろう・・・。
辛いのは家族だ。
近所や親せきからどんな目で見られるか。
給付金詐欺なんて、する方がバカだし
騙してお金をもらおうなんてなんでしたんだ。
まだまだ若くて働き続けることが出来るのに。
『苦労しないでもらえるお金』
というのに、人はおかしくなる時がある。
そのお金を手に入れてから、欲しいものってなんだ?
自分を見栄えよくするためのもの?
給付金も
他人の財産も
自分が何の苦労をしなくても得られるお金。
それに惑わされる人間はおろかだ。
おろかだけど、人は状況や立場で
そのおろかさに捕まれることがある。
母は最期まで長姉のお金を守り切って亡くなった。
成年後見人になり、司法書士の人が監査していて
長姉のお金は自由に出来ないようになっている。
母だって、何もお金は貰っていない。
でも、長姉が亡くなれば相続が発生して
生きている兄弟や、亡くなった兄弟がいたら
その子供に相続が引き継がれる。
よって、私にも姪として権利が出てくる。
ちゃんと財産管理を委託している人がいるから
他の兄弟がこっそり独り占めも出来ない。
母はそう思って安心しているかもしれない。
でも、『他人のお金』が入るタイミングで
それがもめごとにつながる事はゼロではない。
「もらえるものは貰いたい」
それが人間の性みたいなもんだ。
今思っても、なぜ長姉は
自分に子供がいないで、自分を晩年見てくれる人も
期待できないのに、自分の老後始末をちゃんとしておかなかったのか。
自分が残した財産で、可愛がっていた末の妹の母が
他の兄弟と関係が悪くなって
最期まで会いたがらないで亡くなることが起こっているなど
認知症だから分からないだろうけど
長姉さんが、自分の財産を整理して介護施設に
自ら入っていたら、誰ももめることはなかったはずなのに。
それが自分で出来ないから、認知症は怖いのだけど。
心配して面倒を見た人が一番辛い思いをするなんて
なんか残念だって思う。
そんな長姉は、何もかも忘れて施設に暮らしているけど
100を超えても、元気に食事を食べているそうだ。
母は亡くなる何か月も前から食事が食べれなかったのに・・・。
どんなに仲が良かった兄弟も
親の残したお金を巡って、もめることはよくあるそうだ。
バカみたいだけど、お金って人間関係も人生も
豊かにもするけど、壊すことだってある。
でも、お金がないと人は生きていけない。
子供なら、親がなんとかしてくれるけど
親になって、子供がいるのに
お金がないとなると、これは大変な事だ。
ある程度、お金を持っていないと
人にも優しくできないし
ずっと働くしか出来ないし
余暇も楽しもうなんてできないと思う。
でも、きりきり節約して生活を窮屈にするのも
つまらないよなぁ~
ちょっと前に、たまたま見たテレビで
厚切りジェイソンだっけかが
「お金を稼いでも生活を変えなければいい」
と、発言していた。
どんなに稼げるようになってお金を持つようになっても
生活水準を変えないようにしたらいいんですって感じだったけど
他の出演者が、どうも腑に落ちてない顔をしていた。
お金稼いでも、生活水準変えないでいたら
なんのために頑張るの??
って思った顔だった。
「〇万円たまったら、あの時計が欲しい!」とか
「〇千万たまったら、マイホームの頭金にしていい所住みたい!」
とかって思うから
頑張って働くのでは??
稼いでも生活水準変えないんじゃ意味ないじゃん??
って感じの顔の人もいたけど
でも私はなんとなくわかるのよ。
私は、結婚以来自分の稼ぎはほとんど使わないで来て
貯めていたんだけど
生活水準はあまり変えなかった。
理由は、いつだって自分の人生をやり直せるように。
夫との生活が嫌になったらとか
義両親との同居から逃げたくなったらとか
私の人生を、誰かに犠牲にされたくなかった。
でも、幸いにも嫌になっても逃げたくなっても
逃げることなく生活しているので
今ではとても余裕がある貯蓄を持っている。
なので、息子たちが進学するときに
自分たちの生きたい道に行かせることが出来た。
余暇の余裕に、旅行に行けばいいホテルに泊まっても大丈夫だし
車だって、欲しい車に現金一括で購入して乗れる。
お金に余裕があるから、趣味や遊びも出来るし
心にはいつも余裕がある。
生活水準はそんなに変わっていないのに
心はいつも余裕だ。
息子たちが大学卒業するまでの経費は準備があるし
自分たちも遊べるお金がある。
もう少しお金を貯めていき
自分の老後は、ちょっといいケアハウスに住みたいって
最近は思ってる。
母の介護や、義母の介護で
キリキリしていた父や、今、嫌な人間になってる義父を見ると
主婦が介護状態になると、夫以外にも家族に多大に嫌な思いをさせる。
自分の存在が、最後嫌な思いをさせたくない。
母の介護をしていて思ったけど
闘病中の母を私は嫌いだった。
昔の事色々思い出して、母を嫌いな理由も作っていた。
介護をしないといけない家族がいると
自分の心が汚れていく気がした。
だから、私はそうなりたくないって思う。
実際に、そんなうまくはいかないかもだけど
温泉のあるところがいいな~
景色がいいろころがいいな~
色々楽しいイベントあるといいな~
とか、これからも元気なうちに入る介護付き住居は
増えていくと思うし、それを選択できるのは
お金が必要だって思うから。
でも、その前に
まだまだ元気なんだから
やりたいことや楽しい事、色々していきたいって思う!
夢はいくらでも書いていいと思うのよね。
見た目キラキラしていないブログでも
そんな思いを書く場所があるって
いいな~って思う。