昨日あたりから、首から上の不調が和らいだ~

まだ、全部調子いいってわけじゃないけど

それはコロナ以外の運動不足とか引きこもり状態が

原因かなぁ~と思うので

コロナ自体の後遺症ってのは、一旦落ち着いたと思う!

 

陽性になると10日間の自宅療養の指示になるけど

長いな~と思っていたけど

私は3週間近く不調が続いたので

今思えば、10日以内で良くなったらラッキーと思えばいい。

 

家族は5日ぐらいで倦怠感系の不調はよくなったけど

でも、咳は長引いていた。

今も夫はたまに咳をする。

オミクロン株が気管支系に影響を与えるって聞いたので

そうなんだなぁと思う。

 

肺にまで行かないと聞いていたので楽観的ではあったけど

激しい咳が続いたり、のどの不調が続くと

誤嚥などがあって、間接的に肺炎になる場合があるのかも。

 

年齢があがると、のどの弾力が失われて行って

食べ物で、たまにむせたりするもんね。

 

年齢が上がればリスクが高くなる。

自分が若い時は年取る人の体の老化を想像できなくて

なんとかなるでしょう~とか思っていたけど

 

このコロナ禍で、自分自身が高齢者の方たちは

すごく不安だったろうな・・・。

 

若い人から見たら

もう、結構長生きしたからいいんじゃない?

と、思うかもしれないけど

 

人が生きたいと思う気持ちは

若いからとか、高齢だからとか関係ない。

『生きたい人は生きたい』のだ。

 

逆に、若くても生きることがどうでもいい人がいる。

悩み事がある場合もあるし

漠然とした不安感から逃げ出したい気持ちが生命力を奪う場合も。

 

今思い返したら、今の自分より

若い、10代の頃の自分の方が

死にたい。って思う時がよくあった。

 

悩みは色々あったけど

健康である10代は、まだまだ人生の先があるので

可能性が沢山ある。でも逆にそれが

先の見えない不安。何者でもない自分への不安があって

怖くなって、生きることを逃げたくなる。

 

親の不仲を見ても

友達との気持ちのすれ違いがあっても

何もしていないのに誰かが自分を嫌ったり

大人になれば、「そんなこと」ってすむことが

すべて原因になって

生きていることが辛くなる。

 

私も中学か高校生ぐらいの時

激しい夫婦喧嘩をしている両親や

学校でうまく行かないことが重なった時

自分が無力に感じて死にたくなった。

 

母親に「死にたい」って言った時がある。

親に死にたいって言う時は、子供のSOSだ。

自分が言われたら、きっと悩む。

 

その時、母親は私に

「死にたかったら死ねばいい」

と言ってきた。

 

母は当時の心境が自分の事で精一杯だったのか

わざと突き放したのかは分からない。

でも、死にたいと訴える娘に「死ねば」と返した。

 

言葉だけじゃない、態度も扉を閉めたような感じで

私を理解しようという気持ちは見えなかった。

ただ、拒絶されたような感じだった。

 

そのあとに続けて母は

「死ぬ方法を考えたら教えて、お母さんも死にたいから

 同じ方法で死ぬよ」

と言ってきた。

 

母は当時、仕事の立場の大変さと

仕事の理解がない父親との間で苦しんでいた。

加えて、子供たちは思春期になり面倒な年頃で

それぞれに、うまく行かなさを抱えている。

 

母にとって、私は一番しっかりしていてもらわないと困る子で

でも、私は不安定だし、勉強意欲はないし

自慢できる要素のない娘だったのかもしれない。

私がどうしてそんな娘なのか、イライラしていたと思う。

 

私だって、自分が嫌だった。死にたかった。

死ねば努力しなくていいし、生き恥をさらさなくていい。

親も毎日のようにケンカしているし

兄も乱暴で大嫌いだった。

妹は幼くてポーっとしていて妹でしかなかった。

 

孤独感は強くて、どうしようもなかった。

だから、親に「死にたい」って最後のヘルプみたいなもんだ。

 

でも、一番自分を助けてくれるであろう母親に突き放された。

なんなら、自分の方が大変よと言われたようなもんだ。

 

幸い。

私は気が強かった。

 

学校で女子に無視されたり、意地悪をされたり

仲良かったグループからはじかれてぼっちになっても

学校を休まなかった。

 

休んで、勉強が遅れて、高校に行けなかったら

高校が卒業できなかったら

絶対、自分の人生に不利になると思った。

 

意地悪してくる人との付き合いも

一生じゃないと思った。

私は親の都合で何度も引っ越しをしていたので

一生同じ場所で生きていくわけではないのを知っていた。

 

ぼっち経験も幼稚園からあった。

人は誰かをターゲットに意地悪をする生き物だ。

負けないでいつもの自分を保っていると

距離を取られたとしても、反応なくてつまんないから

ターゲットを変えるのも知っている。

 

なんなら、人をいじめるような仲間は

必ず仲間割れをする。

あの中の誰かが嫌われだしたら、分裂だなって思っていた。

 

そう思って過ごしていると、

やっぱり意地悪グループは分裂していた。

一番声高に嫌な事をしているような子が

一番ボスのようで一番嫌われていた。

 

人って、人を嫌う生き物だ。

理由は『生きるため』

自分だけが助かりたいから、陣地を広げたくて

邪魔者を除外しようとする。

弱肉強食。生き物の本能だ。

 

『弱い』認定されると排除される。

弱いと思われないためには

強いもののそばに居ることだ

集団の中に所属することだ

 

いじめをする人は、生きる力が人より強い。

グループの中で力がある人は

大人になっても組織で上に立つ。

当然だ、生きる力が強いのだ。

 

私はあの時はまだ弱くて、排除されそうな子だったんだ。

だって、親に「死にたい」なんて言うぐらい弱い。

 

親が大変な時に、親に死にたいって言うんじゃなくて

親を助けようって思わないとなんだよ。

 

自分の辛さを人の足を引っ張ることに使うのではなく

その辛さを助けてあげれるぐらいの力がないとなんだ。

 

母が「お母さんも死ぬから」

って言ったときに、私は死ぬ気持ちがなくなった。

すごくびっくりして、ムカついたりもしたけど

 

お母さんも死にたいぐらい辛かったんだ・・・。

と思った。

 

それまで、なんちゃって死んじゃおう行動はあった

手首にカミソリ当ててみたり

舌を強くかんでみたり

首を絞めて見たり

高い所から飛ぼうとしてみたり

電車はばらばらになって、人目に触れたくないから考えなかった。

 

死んじゃおう行動はどれも中途半端で

実行は出来なかった。

薬を飲むとかは知識がなくてできなかった。

 

でも、こんななんちゃって行動を

母の「死にたかったら死ねば」以来

一切しなくなった。

 

死んでたまるか!おりゃーー!!

って思いになった。

 

その後も、色々不安定ではありながら

本当に色んな道を歩みながら生き続けた。

 

今は全く死にたくない。

なんなら若返りたい。

 

多くの高齢者もそう思っていると思う。

年を取っているから死んでいいわけじゃない。

 

生きたい人は生きたいんだ。

 

若い時は先が長いと思って、無謀にもなるし

なんなら別になんだっていいって思うかもしれない。

 

でも、どんなに成功してお金を稼げるようになったとしても

絶対に買えないものは

若さだ。

 

失った時間は戻らない。

思い出を作れるタイミングを逃したら

もう、その時間には戻れないんだ。

 

このコロナで、

多くの思い出を作る時間を奪われた若者たち。

学校に行ってるから出来る経験は

大人になって経験出来ることではない。

 

本当に、コロナが憎い。

でも、時間には限りがあると実感したと思う。

 

この先に経験できる出来事は

今しかできない事なんだと

そう思って、生きる力を持ってほしい。

 

その生きる力を、人をいじめるために使ったりしないで

自分と同じような悩みを抱えている人を

支える力に変えて欲しい。

 

私はあの時、

「死にたかったら死ねば」

と辛さを抱えて言い返してきた母が

本当は苦しかったんだと気が付くことが出来た。

 

人の言葉の表現が、表の意味だけではなく

裏の意味を想像することは

自分のためにも大事だ。

 

人の言葉に傷ついてしまっても

それを真に受けず、思考を巡らせて

相手のすべてを本音だと思わないこと。

距離を持つこと、物理的に無理でも

思考は自分を救ってくれる。

 

あの時、沢山嫌な思いをしたけど

人との距離感や、意地悪な人間はこの世に必ずいることや

でも逃げ出さない強い自分を見つけることは出来た。

 

逃げるのが正解って言う人もいるけど

なんで自分がその場から去らないといけないのか。

自分の人生なのに、自分の大事な人生だ。

 

やり返す方法がいくらでもある。今なら色々思いつく。

でも子供の頃は無力だったな。

 

そういえば、意地悪とかしてきた人って

時間がたって、卒業してしばらくして再会すると

あの時の事、なかったことにした態度するよね~~

 

あれって、本当に忘れているか

自分を守る防衛本能なんでしょうね。

 

脳がそうさせるみたいで、自分にとって不都合な事は

人間は記憶から忘れるように出来てるんでしょうね。

 

だから、いじめられた人が何年かたって

自分に仕返しをしてくるなんて、想像もしていないだろうなって

たまに事件があったりするもんね。

 

でも、私はそれを見ていじめられた子方の悲しさを思うよ・・・

あの時から、成長できてないのよね。

いじめられたことを根に持って、そこで止まってる。

何も変えられなかった。

 

傷ついたから、仕方ないのかもしれないけど

もし、仕返しをして事件にしたら

それこそ本当にその人の人生が終わる。

 

自分の人生を他人のために無駄にするって

本当にもったいない。

 

何年も引きずるなら

その時に、何か反撃できる方法を考えたらいいのにな。

その時は出来ないのかもしれないけど・・・。

 

耐えることしかできない思考になってしまうし

反撃する力がなかったりするんだろうな。

 

それで、何年もたっても消えない記憶が

憎悪を追加して強固なものになってしまってる。

そうなる人はそうなってしまうしかなかったのか

出会いで気が付くことが出来なかったのか。

 

なんかさ

生まれつき、そのままの自分でいても好かれる人っているよね。

自然に人が寄って来る人。

でも逆に、普通にしていても嫌われる人ってのもいる。

 

同姓に嫌われる。異性に嫌われる。年上に嫌われるとか

色々あるけど

好かれる人って、どの立場の人にも好かれるのに

嫌われる人って、何しても嫌われるの。

 

仲良くしてきたのにある時嫌われるとかね。

何が原因かもわからないし

自分を変えても同じことで。

嫌われるときは、嫌われる。

 

やっぱり、排除されそうになるのって

生きる気力に弱い。生命力が弱いのかな~って思う。

 

どうしても、生きることが嫌になってしまって

死にたいって思って、実行してしまう人は居るだろうし

それは身近にいる人にも止められないって事なのかもしれないけど

 

人って、死にかけたりするぐらい辛いことがあったりすると

本能の生命力が湧き出る時があるみたいで

「やっぱり死にたくない!!」って思うみたいね。

死ぬ瞬間にそう思っても遅いじゃん。

 

どうせ死ぬって決めたら

家のお金とかかき集めるか、めっちゃバイトして

今の場所じゃないところに飛び出す力をつけるってどうなのかな。

 

私はね。変化のタイミングがいつもネガティブな時にある。

 

10代の死にたい思いとか引きずっていたのを

精神疾患を発症して、親に病院に入れられて

精神病院で過ごしたことで、生命力が戻ったんだよな~

 

病院自体とか、医者とか看護師とか

全然信用できなかったけど

すぐ、精神安定剤をお尻に注射してきて卑怯だって思ったけど

 

でも、同じ患者さんとの出会いは

自分の思考を目覚めさせたなぁ。

 

本気で知能が足りない人もいたけど

生きずらさから、問題を起こして入れられた人もいて

他には、覚せい剤とかが原因で弱っている人もいて

色んな人がいた。

私はその中で一番若い19歳だったけど

でも、対等に関わってくれる人とか

その世界に居たら、許しあえたりして

 

私が退院するとき、(転院だったけど)

私が姉御的に慕っていた人に

「私はここでのことは恥ずかしくもないし

 ここに入っていたことを堂々と人に話す!」

と、言ったのだけど

姉御は

「ここの中の事は、外の人には分からない。

 分からないことを話されても聞いてもらえないよ。

 言わない方がいい。言わずにいな」

 

と、アドバイスを受けて・・・

出る前は意味がわからなかったけど

病院の外に出た時に、すぐに意味が分かった。

 

中と、外は、人の顔つきも生き方も違う。

 

精神病院に中にいると気が付かなかったけど

顔つきが明らかに違っている。

目の焦点が合いにくいのか、逆にギラギラしすぎている。

投薬の影響か、そういった病気だからか。

 

精神科の看護師さんは街で患者さんに出会っても

話しかけないそうだ。それは看護師さんに言われた。

お互い、自分の生活を守るためだ。

 

もし、あの中の人たちが街に集まっていたら

明らかに異様だろう。

目つきや行動が明らかに違う。

改善していたら、違うかもしれないけど。

 

異様だから、病院の中に入れられたんだ・・・。

出ることが出来ないんだ・・・。

姉御も、「私は出れない。出ても戻される」

って言っていたな・・・。

あのギラリとした目つきは世の中では目立つ。

 

私は幸いだった。まだおかしい状態だったけど

その病院を出た後は、県外にある

自然療法の病院に入れられた。

父が必死に探した病院だ。

 

おじいちゃんみたいな人が院長で

薬は全くない。

宿便を取り、お腹を綺麗にして

味のほとんどないような素材重視の食事で

風呂は温冷浴を交互にしたり

早朝から運動をしたり、散歩も自由だ。

断食道場的な場所だった。

布団も枕も硬い板で寒かった。

 

なかなか寝れなくて、時計の音がカチカチうるさくて

神経は高いままだったけど

そこでしばらく過ごして、家に戻った。

精神科の薬は飲むことはなかった。

今でも寝れなくても薬は飲まない。

 

あの場所でも、色んな人と出会って

話しを聞いたりして。

癌の人もいたし、どこが悪いの?って人もいた。

明るくてキラキラしている人は仲良くなれなかったけど

年配のおばさんが気にかけてくれた。

 

思い返せば、色んな人と出会うことで

私の思考は色んな世界が広がっていったな。

 

20代になるころには、世の中に少しづつうまく溶け込めるようになり

親子関係も改善していった。

でも、時々母との関係に悩んだりして

「無料電話相談」で相談したりして。

母が亡くなるまで色々悩んだ母娘関係だったな~

今は、感謝しているけど。

 

色んな人と出会って、色んな別れがあって

影響力のあった人との出会いは

いつも名前も聞かないで別れて来たけど

 

人は名前も知らない人との出会いでも

変われるんだって思った。

 

このコロナ禍で出会った人は

そんなに多くないし

若い時に比べて、出会いで変化も少なくなったけど

 

でも、今の世の中に目を向てけて

人の行動を見て、気が付くことって色々ある。

 

アメブロをにぎわしている

小林麻耶さんだって

生命力を維持するために、海老蔵さん批判をし始めたのだろうな。

人を憎む感情って、すごいパワーになる。

本来は悪いエネルギーなんだけど

性悪な性格に蓋をして、いい子を演じてきたものが

もう、蓋をしなくていいと

あふれ出た感情がすごいパワーになってるもの。

 

なりふり構わず見せる顔は

彼女の本当の顔なんだろうな。

 

その顔や根性で、そばに居てくれる人がいるなら

それが本来の彼女の人間関係なんだろう。

 

虚像で作って来た人間関係は全部なくなって

本音で付き合う人しかこれからは関われないだろうし

それが彼女のキャパなんだろうな。

 

何年も、虚像の自分で頑張ってきて大変だったよね。

やっと本当に自分を出せたね!

 

それで生きて行こうとするんだったら

いいんじゃない?

 

人の記憶は意外と変化していく。

彼女はまた、記憶をするりと変えて色々なかったことにするんだろうな~

 

生きていくために

自分はどうありたいか。

 

キラキラ美しい強い人よりも

彼女のようにズタボロで性悪の方が

楽に思う人もいるだろうな。

 

まぁ、わがままな人たちの集まりになるだろうから

コミュニティは破綻しやすいけど。

 

自分の人生でどの道を行くか。

人のふり見て、自分の人生を考えるのも

面白いと思う。彼女の動向は人に興味を抱かせる天才だ。

 

とにかく若い時は回り道をしたけど

今は、それがすべて肥やしになったのかもしれないな~

 

だって、生きたいもの!

 

色々、思い出したかのように書いたなぁ~

結構、ディープな話もあるけど。

それも全部自分が経験してきたことと思うと

人生ってあっという間だけど

色んな経験が出来るのだな。