何年か前に、スピリチュアルと言う言葉を聞いて
へ~~と思ったことがある。
占いとかのメッセージや
亡くなった方のメッセージがもらえるんだっけ?
見えない力?霊的な?
その当時は、亡くなった方で
会いたいと思う人がいなくって
でも、もし亡くなって会いたいと思う人は誰かな?
と、思ったら親かなと思ったけど
まだ独身で若くて、親がいないと生きていけないって思っていたんだろうな。
今、もし亡くなったお母さんに会いたいかどうかと聞かれたら
いや・・・。会えないでしょう。
と冷静にそう思う。
お母さんのメッセージは生きている時にしかできない。
闘病で苦しんで亡くなったので
しばらくは、夢でお母さんの辛そうな状態の夢を何度か見たけど
そういえば、最近は見なくなったなぁ。
でも、先月のお彼岸の終わりごろに
お墓参りに、父と息子たちと一緒に行ったとき
そのお墓は地理的に
すごく風が強くて
子供の時からお参りに行くと
ろうそくの火をつけることが出来ないぐらいで
40年以上の年月で、火が付いたままなのが
ほとんどなくて、お線香は直接ライターからつけるような
風よけのグッズも何度も利用したけど
それなのに、先日お参りに行ったときに
ずっとろうそくの火が消えなかった!!
こんなことある??ってぐらいずっとずっとついていて。
そういえば、ちょうどお母さんの命日で
亡くなって3年目の日だったのよね。
3年前にお彼岸が終わるころに旅立ったお母さん。
コロナ禍になる1年前だったから
大勢のお友達や親せきがお別れに来てくれて・・・。
お花でいっぱいにして欲しいと願っていたから
お母さんの好きなピンク色の花をメインにして。
それから3年。
闘病が大変で亡くなるのもわかっていたけど
母親の死は悲しかった。
元気なころに、もっとやりたいことあっただろうな。
お父さんはまだ色々思うことがあって
同じことを何度も繰り返すけど・・・
でも、私たちはもうお母さんとはお別れできている。
だから、スピリチュアルで
メッセージが欲しいかと言われたら
いや・・・。もう生きてる時に十分です。
と、思う。
お母さんが生きてきた影響というよりも
もう、自分の人生を私は生きているって思うから
迷う時も悩むときも、今生きている自分がどうするかしかない。
そういえば、母が闘病中にネガティブになった時に
書き残した日記があるそうだ。
そこには、自分の辛いことばかりで
私たち子どもへのメッセージはなかったようだ。
まぁ、お母さんの愚痴日記なんだろうけど。
でも、その日記をお父さんが読んじゃって
愚痴で書いてあったことをお父さんが代理で受けちゃって
お母さんの代わりにその相手を許せないらしい。
人へ吐いた嫌な言葉って残るのって怖いね。
受け取ってしまう無関係の人が嫌な思いするね。
私は読んでいないけど
父はまだ残しているみたい。
いつかこっそり処分するか??
でも、私はそれを読んでも
もう、母から自立出来ているからな。
そんなことがあったから
私は自分が書いていた昔の日記を
昨年、全部捨てたんだ。
結婚した当初から書いていた日記で
辛いことも嫌な事も
でも、いいことも色々書いてきたと思うけど
子育てのこととか。
でも、全部見ないで全部捨てた。
いつか晩年見るかもしれないと
10年かいて、10年書かずにとっておいた日記だけど
過去の嫌な思いを未来の私が読んだって
なんになる??
それよりも、息子たちが私が亡きあとに
たまたま読んだとしたら??
ブログは見つけられないように
フェイクも交えているけど
家にある日記は確実に私も物ってわかるもの。
きっと、未熟な私は沢山愚痴を書いたはず。
でも、全く読み返さないで捨てちまったよ!!
1年経って・・・
後悔なんてないよ。
日記に書いてあることは当時の私が思う事。
もうあの頃の私じゃない。
弱い人間だった私は
多分、成長した。
母が亡くなって3年たち。
スピリチュアルでメッセージが欲しいと思わないもの。
人は、生きてる時がすべてだ。
生きてる時にしかわからないし、感じられない。
死んだ人がメッセージをくれたって
それが本当なんてどうやってわかるの?
感じるときは自分の心の中にしかない。
その人との思い出。
過去の嫌な思いを残し続けて
その思い出を汚すことはないのだ。
私の愚痴が、私が亡きあとに
息子たちが見ることないと思ったら
ホッとするよ。
私はもしも、息子たちがスピリチュアルで
母からのメッセージが欲しいと願ったとしても
私は絶対に出てこないからね!
死んだ私からのメッセージなんて受け取るな。
死んでる私じゃなく
生きてる自分の力で生き抜け!!
目に見えないものにすがりつくな。
そこには何もない。
亡くなった人のゴールを汚すな。
その人の生きた道を否定するな。
もし、否定したかったら
それは自分自身も問題なんだよ。
母屋にも
先祖代々の大きな仏壇がある。
沢山のご先祖様がそこにいる。
結婚当初は一人で仏壇の部屋に行けなかった。
でも、今は義母さんが出来なくなったので
月命日は
私が準備して、お経のお寺さんが来るために花と供物を備える。
まだ義父さんがお布施を準備してくれてるけど
息子たちにそれを説明していく。
7年前に亡くなったおばあちゃんしか
私にはわからないけど
最近、遠方の親戚のおばさんの写真も加わった。
私は2人の顔しかわからないけど
この中の先祖の血は夫から息子たちにつながっていると思うと
私は血のつながりはないけど
ちゃんとお参りしようと思う。
何年か前から、仏壇の部屋に行くと
ホンワカと温かい感じがするように感じる。
スピリチュアル??
いや、掃除したり準備したりで
動き回るから体があったかくなるんじゃない??
家は築約100年。その前からも先祖は続いていて
檀家のお寺には色んな代があるそうだ。
最初はまったく何も感じなかったけど
色々考えると
『つながる』ってすごいなって思う。
必ず、自分の先祖はいて
必ずつながってきた。
私は実家の家にも、嫁ぎ先にも
手を合わせる場所があってよかったなって思う。
スピリチュアルなメッセージは何にもこないけど
でも、節目節目で『手を合わせる』場所があることは
大事なことだ。
亡くなった人からのメッセージは
生きてる人が勝手に想像したことでしかない。
生きてる自分がゆらゆらふらふらすると
見えない何かにすがりたくなるのかもしれないけど
でも、試練も困難も
乗り越えた先にあるものは
自分でつかみ取ることだ。
生きてる今がすべてだ。
生きてる人でしか、答えは出せない。
自分自身もそう思って
人に与えるメッセージを大切にしよう。