義母さんの認知症の症状が目に見えてわかるようになってから

約5年の月日が流れた・・・。

 

家族の誰よりも体が丈夫で

働き者で、朗らかな方だったけど

認知症で、やりたい農作業も全くさせてもらえなくなり

人生のやりがいのようなものを奪われてしまった。

 

それでも、本人は何もわからないまま

今目の前の一瞬を繋ぎ合わせて今日を生きている。

 

家族の事をみんな忘れてしまって

時々、家がわからなくなって

どこかに帰ろうとするけれど

そのどこかもわからないまま。

 

よく、認知症予防のために

適度な運動や、なんでもバランスよく食べることや

生活リズムを崩さないことや

明るい気持ちで過ごすことなど

色々言われているけど

 

その全部をしていた義母さんなのに

認知症になってしまった。

もともとは、アルツハイマー型なので

脳の萎縮が始まってしまったのが原因なんだけど

 

どうして脳って萎縮するのかな??

アミロイドたんぱくやらなんかが

蓄積するって言うけど

人体の不思議ってことなんだろうな。

 

認知症が発症する前に

健康診断に義母さんを連れて行ったとき

診断結果が、70代にしてオールAで

骨密度も30代なみにあって

どこにも悪いところがなかったけど

 

検便を取るのを忘れていて

頑張って力んだせいで、大腸がん検査は引っかかり

大腸カメラをしたのだけど

これも、全く問題なく。

認知症を発症する約1年前に検査した時には

ちゃんと検査前の排便などの下剤も飲んだりして

色々できたんだよなぁ。

 

今では絶対に検査なんて意識があったら出来ないだろうな。

例えば、レントゲンだって

じっとしていることは出来ないし。

 

健康診断どころか、美容室で髪を切る事さえも

理解できないで、席を立とうとして大変。

 

髪を切った直後に、切ったことを忘れる。

なにもかも、どんなに嫌がっても

その直後に忘れるので

 

もともとの性格が朗らかなせいか

いつも人を嫌な気持ちにするようなことを

言ったりしないのは

人柄のいい認知症で、それは良かったなと思う。

 

人によっては、物盗られたとか

暴言とかあるって聞くし・・・

 

義母さんは、進行途中でよく物がないと

言ってはいたけど

人を疑うとかはなかった。

 

嫁である私を誰かはわからなくなっても

私に対してはいつも穏やかでニコニコしていて

それはかなり進行した今もそうで

施設にお迎えに行ったときに、私の顔を見ると

「あ!」と、嬉しそうな顔になって

ニコニコとそばに来る。

 

誰かわかんないけど、でも安心できる人ってのはわかるのか

認知症になっても、私は一度も義母さんを怒ったり

無理やり何かをしたりをしないようにしてきた。

 

わけわからない行動も、「あ~今はそうなんだね~」って

好きなようにしてもらって

そして、すっと何かをどかしたりして

危なくないようにしていたから

 

まだ、散歩に行くとか行動が出来た時も

近所を何となく一緒に散歩したり

一緒に畑に行ったりしていたけど

 

今ではもう何が何だか分からないのか

どこにいるかも何をしたいのかもわからないようで

散歩に行くのは無理かなって思う。

 

殆ど、施設の中の狭い場所で座っているかなので

だんだんと丈夫だった足腰も

弱ってしまうのかな・・・。

 

一日中施設の室内にいて太陽にあたらないから

骨も弱っていくのかな・・・。

 

そう思うと、人間が年を老いていくって言うのは

丈夫な人も、弱ってもらわないと困るってことみたいで

なんとなく・・・

 

健康を推進して長生きしましょうって言ってるのと

逆なんじゃない??って思う。

 

義母さんが認知症になって

義父さんは、なんとなく残りの人生を消化試合のように

淡々と生きている。

 

コロナも相まって、色々な地域の役からおりて

ほとんど家の周りで一日を過ごして

ほとんど誰にも会わないで過ごしている。

 

そんな義父さんと、息子である夫が

最近、とても相性がよくない。

 

働き盛りの夫は、義父の言葉に色々カチンとくるようで

最近では会話を避けている。

 

父親と息子でも、うまく行っているところもあるけど

間に母親がいてこその関係もあったりする。

 

義母さんが認知症になって進行すると

同時に、夫と義父さんの関係がうまく行かなくなってきた。

 

まぁ、私も義父さんの人柄は好きではない。

なんだかなって思う事が多くて

年老いた男性が、ギリギリのプライドをどこかに求めて

それが世間とずれてきているって思う。

 

政治家とかでも、そうなんじゃないかな?

全盛期は周りに信頼されていたのに

いつのまにか、老害と言われたりする。

 

晩年も立派に老いていくというのは難しいのか

そんな風に、なんとなく世間とはずれて行って

老いていくってのがあったりする。

 

あんなにいい人だったのに。

という人は、若いうちに早世する場合があって

憎まれっ子の方が世に憚っていたりしてね。

 

昨日も夫は、義父のいい方にカチンと来たようだ。

「相性が悪いから仕方ないね」って

私も夫のカチンは理解できる。

 

親子ってもんは、色々あるんだろうなぁ。

 

私も、母とは今ならうまく行きそうな気もするけど

母が亡くなる何年か前から

母との関係が良くなかった。

 

亡くなった時は悲しかったけど

闘病中も

しばらく、お母さんの嫌だったことを思い出して

ここに吐き出していた。

 

私は幼い時から母に依存する子だったけど

妹が生まれて、お姉ちゃんになって

家ではしっかり者になった。

 

母の代わりに家事をしたり

母の役に立ちたいって思っていたけど

 

同時に、母にはダメ出しを沢山されて

私が人に嫌われるのが嫌だと思ったからか

人格否定もよくあった。

 

もっとこうならいいのにって、母はいつも私に点数をつけるように

悪い面が見えていたんだろうと思う。

 

だから私は自己肯定感が低くて

精神的なバランスが崩れやすかった。

 

何度もカウンセリング系の相談や

時々、『いのちの電話』にも電話をかけて

死にたい気持ちを聞いてもらった。

 

本当に自分はダメな人間だから

死にたいって思っていた。

今でも自分の事は嫌な面も沢山あるけど

でも、今は死にたいって思わない。

 

色々あるけど、人生は面白くて楽しいって思う。

もう、私は電話相談とか、いのちの電話に電話をかけない。

 

母が亡くなって、悲しくはあったけど

精神的バランスが良くなった。

ネガティブじゃなくなって、周りに感謝することが増えた。

 

なので、義母さんの認知症に対しても

優しくなれるって思う。

 

母は絶対に大事な母親だったけど

私は色々依存して、追いつめられてしまったのだろう。

母が満足するような娘にはなれなかったし

でも、満足しない娘なのになんでも頼ってきて「

兄や妹には、母親の顔でいたいのに

私には弱い人間の顔だったから

 

すがりつかれてその手を振り払ったのは

過去のお母さん。

それと同じように私も自分の人生を優先した。

 

でも、それでも今は思うのは

愛情をちゃんと受け取れていなかったのは

やっぱり私だったんだなって思う。

 

息子たちが先日

「親に恵まれたよ~」っと言っていた。

 

「うちってさ。仲のいい家族だよね!

 ほんと、お父さんとお母さんで良かったよ!」と

そんな風に素直に言ってくれるようになって

あ~そうかぁ~~

 

私は私のままでいいんだな。と

親には認めてもらえなかったけど

わが子には認めてもらえたのかなって思った。

 

人間には色々な面があって

過去の自分を変えたいぐらいの後悔もあるかもだけど

 

生きていく上で、色んなことがあった先が

誰かに「よかった!」と言ってもらえることなら

 

それでいいのかなぁ~~

 

親が認めてくれないとしても

わが子が認めてくれるなら

 

人生ってトントンだなって思う。