父と同じ時期に大腸がんが分かり
父もステージ4の転移ありだったけど
その方もステージ4の転移ありで
治療は手術は出来ないまま抗がん剤の治療を続けて
手術を出来ないままに、先月亡くなった女性の家族が
当時の心境を教えてくれた。
その女性は父よりも若く、健康で明るい女性だった。
いつも元気で、素敵な方で
沢山の人に好かれていた。
人生で沢山良い事をした人でも
病気にもなるし、早世する場合がある。
それはどうしてなんだろうと、いつも思う。
世の中には、健康なくせに心が前向きではなく
自分とは無関係の人の人生を奪ってまで
死刑になりたかったなどいう、ひどい人間もいるというのに。
そのものは、監獄に入っても20年以上は生き続けると思うのに
なぜ、わるい思考の人間は
自分に何が出来るか考えずに他者を巻き込むのだろう?
死はいつだって理不尽で
人の人生はいつだって自分の思い通りになるわけではない。
先月に亡くなった女性は、
癌が分かってから、食事療法や自然療法など
ありとあらゆる改善の方法を探って
家族も、周りの友達も知人も
癌を治す、癌を消すすべを探して
食べたいものを制限して、我慢して我慢させて・・・
そして、結局は弱り
何も食べれなくなって亡くなってしまった。
そのことを、身近でずっと支えてきた家族が
後悔していた。
なんで、食べたいものを思いきり食べれるときに
食べさせなかったんだろう。
その後悔の念が、家族に重く心に残っていて
癌ではないけど・・・
母も同じように、進行性の難病が分かった時に
父が食事療法を一生懸命していて
今までの母の食事を否定していたな・・・
と思い出した。
母は美味しいものが大好きで
友達も多かったから、グルメだった。
子供の時から、母にいろんなお店に連れて行ってもらった。
ちょっと高級な、マナーが必要なお店も
小学生だけど連れて行ってもらって
ナイフとフォークの上手な使い方が分からず
試行錯誤したな。と思った。
でも、子供のうちなら恥をかいても大丈夫なので
母は経験させてくれたのかな。
そういえば
夫と結婚する前に、母の発案で
夫の両親が家に来て食事会をするとき
家族がバタバタしたら落ち着かないから
少し変わったことしてみようかと
母の友達のフランス料理のシェフを呼んで
家でケータリングでフランス家庭料理を作ってくれた。
あの時は、「普通に仕出しでいいのに・・・」と思ったけど
母はそんな風に、友達に仕事として依頼して
さらに人を楽しませるのが好きな人だった。
夫の両親はびっくりしていたようだけど。
母が亡くなる前や亡くなった後は
しばらく私の中には、『母の嫌いなところ』ばかり思い出し
母との別れは、思うよりも受け入れられた。
それでも、月日を費やすと
思い出すのは母のいいところが多い。
やっぱり母親は偉大なんだと思う。
やっぱり、母は愛に満ちていたんだと思う。
先月亡くなった女性は
沢山の愛と、沢山の場所を
残された家族に与えて行った。
すごくすごくいいところばかりで愛を感じられていたので
家族はまだまだ別れを受け入れられていない。
「なんであの時、ちゃんと食べたいのを食べさせなかったのか」
その後悔は、家族にとっては辛い。
でも、どんな病気でも
最後は食事が取れなくなって、そして亡くなっていくと思った。
人は肉体のみ残して、その肉体はもう動かない。
父は、搬送先の病院の先生との出会いで
すぐに手術に踏み切れた。
手術前に、絶食をしないといけないのに
お腹がすきすぎて、売店で買い食いしていたと
看護師さんから私に電話が来て、注意を受けた。
子供じゃないんだから・・・と
呆れて、買ったものを引き取りに病院に行った。
看護師さんに「元気なのは良いんですけどね・・・」
と、半ば呆れられながら
父は本当に食べるのが好きなんだなぁと思った。
母が病院で、食事は一切食べてはいけなくなり
胃ろうを選択しなかったので
入院中に点滴のみで1か月以上過ごしたのだけど
母の病気はのどの筋肉も弱り
嚥下障害も出るので
口から食べ物は取れませんと
何度も注意を受けたけど
父は看護師さんの目を盗んで
母の口に、そっとゼリーなどを入れていたそうだ。
「人間は食べなきゃだめだ!」
それが父の持論だけど
母はその父がこっそり口に入れたものが原因で
何度か肺炎になった。
痰が詰まる場合もあるけど
吸痰をしたら、「ゼリーのようなものがでてきました・・・」
と病院から
「お父さんによく注意してくださいね」と言われて
お父さん!いい加減にしてよ!!と
腹が立ったことも何度かある。
母の時もそうだったから
自分が大腸がんの手術をするから
お腹を空っぽにしないといけないと
説明を受けたのに、やっぱり守らない・・・
結局、主治医の先生に厳しく言われて
しょんぼりして、札に『絶食!!』と大きき書かれ
父は手術日を迎えた。
そんな父なので、術後の食事OKになったら
元気にモリモリ食べていたそうだ。
そして、めっちゃウォーキングしていた。
大腸がんになったら、色々制限がある食材があるのだけど
自分で考えてはいるようだ。
なので、家族の私たちは
父の食べるものに制限をかけない。
人間はいつか死ぬときには何にも食べれなくなるんだから
父はもう80を超えたし
もう、好きなもの食べて好きなように生きたらいいと思う。
日帰り温泉にもせっせっと行くだろうし
温泉先で、見知らぬ人に声かけて
その場の話し相手を探したりして
話題を楽しんでいるようだ。
先日の、日帰り温泉旅館の時も
私たちは先に部屋に行っている間
旅館の若いスタッフの男性を話し相手にして
色々話題を楽しんでいたようで
「あの若い人、前は都市部のオークラホテルで働いていて
3年前にこの旅館に転職したんだって!
やっぱり自然が好きとか言ってたなぁ~」
と、ほんの短時間でスタッフの前の働いてた先の話しをして
ニコニコ楽しそうにしていた。
スタッフ、困ったじいちゃんだな!とか思わなかったの?と
私と妹は思ったけど
まぁ、こんな性格の父だから
その一時の話題で話が出来ていいか。
客商売だもんね~
なんて思って、父は父の楽しい生き方でいいかと思った。
もし、あの時癌の手術が出来なかったら
今は温泉をおごってもらうこともなく
私たちには、母も父もいなかったのかな。
なんて思うと、母の人生と父の人生は何が違ったのかな?
と思ったりする。
母は胃がんになったことがあるけど
健康診断で見つかったので、胃がんでは命が取られなかった。
でも、世の中には様々な死因があって
進行性の難病は原因がわからない。
なのに、病気になって
食事療法を色々言われたりして
辛そうだったな・・・。
食べ物って、人の体を作るけど
病気になった体を
食べ物で直すことってそんなに簡単じゃないと思う。
やっぱり、癌は早期に手術が出来るかどうかが
分かれ道なんじゃないかと思う。
ステージ4で助かるか助からないかは
手術が出来るかどうかなんだと思ったし
でも、転移してしまった癌は
抗がん剤でどこまで抑えられるか・・・・
それでも、癌によってはそれも難しく
人類は不死身ではない。
絶対に死んでしまうのだ。
そう思うと、ハロウィンの日に
死にたくて事件を起こした若い男性は
彼の人生はどんな人生だったかわからないけど
体が健康だったのが、不幸なのかもしれない。
もし、彼が難病だったら?ステージ4のガンになっていたら?
彼はもっと、『生きる』ということを考えられたのか?
「死にたかったら、勝手に死ねばいいのにね!」と
何人かの人がそう言っていたけど
生きることが分からなくなってしまった人間の
悪意に向かった心理は
どう思っても、私のように
親の病気や介護に、真っ向から向き合っている人間には
わからない。
弱っていく母を、なぜなんだろうと考えて考えて
母が沢山の人に信頼されて好かれていたことを
亡くなってもなお知っていくと
死を惜しまれる人生を歩んだ母を尊敬できる。
母の全部が好きなわけじゃないけど
母が他人の人生を「あなたといた時間が一番楽しかった」
という人生に出来た事は
私にはそうできるかわからない。
他人に感謝されたり、惜しまれる人生を歩む。
それも、その人が生きた姿なんだ。
人には沢山の感情があって
自分らしく生きても、人に嫌われる場合もある。
自分が必要ない人間を自覚する時
どうしようもない虚無感があるだろう。
私も、色んな人に出会ってきたけど
辛いことも沢山あった。
人に嫌われたり、信頼していた友達に裏切られたり
嫌なことを思い出すと、きりがない。
でも、良いことだって沢山あって
だから、どんな辛い出来事も
前を向こうと、顔を上げていける。
それは、誰のためでもなく自分の人生だから。
でも、やはり
息子たちが私を母親としてどう思うかを
意識していると思う。
息子たちに生きる強さを見せつけたい。
オレの母は困難なことがあっても
すげー立ち向かうな。
すげー乗り越えるな。
そう思われたい。
でも、最近では
私が言うよりも息子たちに
「そこ!お母さん転ばないように気を付けて!」とか言われたりする。
あと、
「お母さんが自転車乗るの危ないからしない方がいい!」とか
自転車に乗るお母さんを想像すると、心配だそうだ・・・
そんなら、私は息子らが学校に登校するときに
息子たちが見えなくなるまで、ワンコの散歩と見せかけて
「無事でいろー無事でいろー」と
母は念を送ってきたのだぞ。
息子たちは一回も振り向いたことはないけどね。
それでいいのだ。
お母さんを振り返らずに
進めばいい!
世の中の若者には、SnowManのように
困難を乗り越えて、前を向いて
人々に元気を与える人もいる。
でも、その一方で
若くて何でもできる体で、死を選ぶ人もいる。
その違いは、やっぱり出会いなのかなと思う。
家でじっとして、スマホやパソコン画面と向き合ってもいいけど
その中でも
自分が生きるヒントを見つけれたらいいのにって思う。
身近な周りが思うような環境じゃなくても
何かの出会いの中で
人生が良く変わるかわからない。
だけど、
ステージ4のガンで
1年以上過ぎても元気でモリモリ食べてる父と
もう、空に旅立った女性が
それぞれの人生を生きたこと
意味があったと思う。
私は、
私の人生をどう生きようかと
思いながら
今日もお見合いサポートが出来て
楽しかったな。と思う。
少しでも、誰かの役に立つ。
見知らぬ人との出会いは本当に楽しい!
お見合いする人は前向きな人なので
なおさら楽しい!!
自分の人生じゃなくても
楽しむことなんて
色々あるんだ。
今生きてる自分が
この先に死ぬ前に
楽しく生きれるように!