高3の次男。受験生。

昨年は長男が2年続けての受験で

その前は次男の高校受験で

その前の年は長男の高校受験で

なんだかんだと、受験続き。

子育ての佳境だなと思いつつ

本人たちにとっても、キツイ時期。

 

受験って、頑張らないとうまく行かないので

頑張るしかないのだけど

身近にいる親も、自分の事じゃないのに

気が抜けない。

 

私自身は、子供の受験期間と

親の病気や介護が同時進行で

母の病気が難病指定されて介護の問題に直面している時期と

長男が高校受験と同時で

この時のメンタルが本当にダウンして

親としても弱すぎて

のちのち、受験は乗り越えても

その時期の問題があとから色々あって

 

親が強くならないと、子供に影響あるのを強く感じたな。

次男の高校受験の時は、母の余命宣告をされていた時期で

弱っていく母と、病院に呼ばれる自分と

受け止めきれずにいら立つ父の事で

大変だったけど、もうなんか強くなっていた自分がいて

 

母は次男の合格発表の時期も持ちこたえ

目が開けれず話すこともできなくなった母に

次男と一緒に合格の報告に行ったんだ・・・。

 

そして、春休みになって孫たちが休みに入った時期に

母は亡くなった。

もう少し早かったら家族が集まれなかったから

母らしい最期だったけど

高校入学に向けて色々忙しくて

その時期に母の葬儀のこと

私が中心になって進めていて

すごく大変だったなぁと思う。

 

母が亡くなり、義母さんの認知症の介護に向けて

本格的に私が中心になって担うことになり

なかなか受け止めようとしない義姉さんと

対立的な状況になり

でも、義母さんの認知症の進行は早くって・・・

今度は長男の大学受験が始まっても

義母さんの事では色々大変で

 

長男は現役の大学受験がうまく行かなくて

方向性を決めることで家族で色々ある時期に

義母さんは家事を全然できなくなって

それに対して

「嫁なんだからやって当然!!」と

義父や義姉から責めたたられて・・・

 

私は「できません!!」とたんか切ったんだ。

義母の代わりに嫁がするのが当然との

田舎の考え方が

都会育ちの私には理解できなかったし

行政を使うこともしないで

家族が担うのが当然との考えが古いって思った。

 

家族が担ってその家族がつぶれたらどうするの?

そのつぶれる立場は私がしろというの?

お母さんが倒れたら、私の家族は息子たちは

誰が見てくれるの?家事は誰がするの?

私は義母の介護でつぶれることより

母親として家族を守ることが重要だった。

夫には仕事に邁進してもらった。

夫が稼がないと、子供たちのお金もこれからどんどんかかる。

 

でも、それを理解しようとしないで責め立ててくる義姉を

心底嫌ったけど

でも、行政を使う知恵を説いて

なんとかその数か月後にはデイサービスの利用にこぎつけた。

デイサービスを利用したり

宅配介護弁当を利用したり

そういったことを真向否定されて・・・

宅配弁当はいまだに使うことはないけど

 

でも、デイサービスは1年前は週1回から

今では毎日になって

 

戦い続けた義姉さんとも和解して

私は過去は憎まないことにしようと

今進みだして事に対して向き合うことにした。

 

そうこうしているうちに、

長男は一浪して大学に進学して遠方に引越し

次男は大学受験へ向けて頑張ってる。

 

そうだ、長男浪人中に

実家の父が大腸がんになったんだ。

ステージ4と言われ、助からないって思ったのに

搬送先の先生の判断がすばらしく

手術をすぐにできて、抗がん剤治療をして

転移も縮小され

肝臓転移が消えて

今に至る。父は術後1年たったけど

至って元気。

 

一人暮らしを続けたい父だったので

介護申請をして、週2回ヘルパーが来てくれるようにして

生活が荒れないようにした。

 

今は義母さんの施設の送り迎えがあって

土日も、朝は7時過ぎに送り帰りは5時に迎えに行く。

土日の寝坊は出来ないけど

でも、朝から元気に動けるからいっか!と思う。

 

義母さんは、自分のことも家族の事も

何にもわからないし、施設に行っても意味が分かんないけど

でも、毎日通ってる。

そして、何とかまだ家で夜は寝ている。

そばにいる義父さんは時々イライラしているけど

日中は平和なので、まぁなんとかなってる。

 

来年の受験の時期に、親が義親がどうなってるかって思うけど

 

「子供が巣立ったら、さみしいね」とか

「夫婦二人になるじゃん?」とか

言われるけど

 

それって、子供が元気に自分の道に進むってことで

親としては嬉しい事だよって思う。

 

人間はどんなに元気でも

いつしか病気になり、いつしか介護になり

そして亡くなっていく。

どれだけ何をした人でも

寿命は来る。

 

年を取ってくるのなら幸せじゃないか。

若いうちにそうなったらすごくつらい。

 

だから、自分が何をしたいか何ができるか

そう思うなら、前に進んでやった方がいい。

 

子供たちが自分で頑張って巣立つのなら

自分の人生を思いっきり生きて欲しい。

 

もう何年も、ずっとずっと親の病気や介護と同時に

子供の受験が合って

 

そんな中でも、自分の時間は大事だって思った。

介護に行政を使おうとしなかった義姉さんは知恵が足りないなって

当時は思ったけど

まぁ、そういったことを

家族が全部することで価値があると思う人もいるんだなって

勉強にもなった。

介護は行政をうまく使って出来るように

国がちゃんと介護保険制度を作ってくれているんだよ。

日本は素晴らしい国なんだよ。

でも、まだまだ昔みたいに『介護は家族は担うのが当たり前』って

思ってつぶれてしまう人もいるんだろうな。

 

自分が思う価値観は他人の価値観とは違う。

なので、色んな人と話すのは学びになる。

 

友達や知り合いと疎遠になっても

仕方ないなって思っても

親族は疎遠になるより、協力した方がいい。

なので、さんざん義姉さんに責め立てられて過去は忘れ

今は協力体制を作っている。

私ってほんと、自分で思うけど賢いって思う。

親族と対立しないのは賢い生き方だ。

 

母の葬儀で身に染みたのは

母の沢山いた友達は、亡くなる際には母のそばにはいなかった。

結局、家族で母を看取った。

兄や妹とは、介護の時期にギクシャクしたときもあったけど

 

長男がくれたアドバイスで

私は「自分ばっかり大変」って思うことをやめた。

長男が

「親があんなになって、悲しくない子供はいないと思うよ

 お母さんは自分だけが大変だったと思うかもだけど

でも、みんな大変だったと思う。

だから、一緒に頑張ろうって思う方がいいんじゃないかな」

この言葉に、本当に目からうろこだった。

 

自分ばっかり大変だと、泣いていた私に

長男がくれた楽になる考え方だ。

長男は当時高校生で、一番私に付き添って

母の病院に行ってくれた。

 

母は目が開けれなくなっていても

長男が行くと、一生懸命目を開けて

もう、見えないだろう目で長男を探した。

あの時は、本当に不思議だったけど

母は長男を本当に可愛がってくれたんだなって思う。

 

長男自身も、それが分かっていて

母が亡くなる2日前にお見舞いに行ったときに

母に「触れながら

「おばあちゃん。大好きだよ」

って言っていた。

生きてるうちに言えてよかった。

 

私は母が生きている時に言えなかった。

触れることもできなかった。

どうしても言えなかった。「大好き」

自分の悲しみが、母に否定されていた自分が可哀想で

母を許しきれてなかったんだと思う。

最後まで母は、私に「私のままでいい」ということを

認めてくれなかったと思っていたから。

 

孫の長男にとって、愛情深い優しいおばあちゃんで

いてくれたけど

私は、そう思えなかったから・・・。

 

私が母に「大好き」といえたのは

火葬される直前だ。

母の姿が無くなる前に言えたんだ。やっと。

 

母が亡くなり、気持ちの整理はなかなかつかなくて

でも、もう私は否定されないんだって思ったら

少し楽になって

そして、2年経って

母の良かったところも沢山思い出すようになって

時間が私を癒してきた。

否定されていたんじゃなくて

生きるために強くあって欲しいと思っていたのかな。

 

そして、もう母には会えないって実感していく。

生きているうちがすべてだ。

本当の気持ちはもう聞くことは出来ない。

 

私は息子たちに何度も

「生まれてくれてありがとう!」

「ほんとうに、あなたたちがいてくれてよかった!」

「二人とも大好き!」

って伝えるようにしている。

 

時々、お母さんうぜ~~って思われても

それでも、息子たちの存在は大事。

これは絶対だ。

どんなに苦労があっても、暴言はいても

大変な事はみんな忘れちゃう。

ただ、本当に存在が大事だって思う。

 

だから、進学で家を出る子供を

応援したいって思う。

遠く離れても、大事な存在は変わらない。

 

子供が巣立った後の家は

さみしい場所ではなく

いつでもあたたかな場所でいさせてあげたい。

 

帰る場所がある強みであって欲しい。

そう願っていたら

帰省した後、進学先に帰った長男は

地元ホームシックが強すぎて

ちょっと寂しすぎるみたいだけどね。

 

「孤独を乗り越えて魅力ある人になるんだよ!」

と、謎のアドバイスを送る母だけど。

 

私にはもう、母がいないし

義理の母の記憶の中からも

私は消えちゃったけど

 

でも、自分の人生は良かったと思ってる。

沢山の出会いの中でそう思う。

 

何より、息子たちの成長を見せてもらえるのが

本当に嬉しい。

 

SnowManみたいに、困難にぶつかっても

強く前に進んでほしい

仲間を大事にして、孤独も乗り越えて

仕事としてアイドルをしている彼らも

一人の息子として

がんばっているんだもんね。

 

それぞれの人生を歩むように。

 

そして、私も自分の人生を大事にしよう。

子供が巣立った後の子と話すと、

次男には「プレッシャーだよ!!」と言われるけど・・・

 

長男が行きたかった地元の国立大は

次男には行きたい大学じゃないから

地元にいること=希望じゃない進学

になるそうだ。

 

でも、少し前までは次男は

「地元で親のそばにいる方が楽!」って思いだったから

成長したのかなぁ~~

 

ほんと、大学受験は

がんばれとしか言えないよ。