ある女性が亡くなった。

かつて、とても憧れて

そして、いつしか自分とは違うと思い

その女性から私自身は自立できた。

 

母のように、沢山の人に愛されて

そして、惜しまれる方だった。

 

いつも輝くような生き方をしていて

それは永遠に続くかのように力強かった。

 

でも、どんな人にも必ず平等にくる

死というものが、彼女にも訪れた。

 

母の時のように、病気になったことを知っていたので

彼女の近くに行くのが怖かった。

 

きっと、母と同じように

沢山の人に悲しまれて亡くなってしまうのだろう・・・。

彼女の病状を聞いたときにそう思った。

 

私はいつも、先を想像して行動してしまう。

今目の前の事に正直にいればいいのに

少し先の未来を考えてしまう。

 

きっと別れがつらくなる。

だから、そばにいないようにしよう。

そう思って、嫌いだったところを思い出した。

でも、その嫌いだったところは彼女の魅力でもあり

それがあるから、人々に愛されたのかもしれないとも思った。

 

病気になっても、生きることに前向きだった。

思い出すと、まるで小林麻央さんのように

命ある限り、美しく生きる人だった。

彼女の周りの誰もが、どんなに厳しい状況でも

絶対に治る。絶対に生きる。と信じてそばにいただろう。

 

でも、訪れた死を目の当たりにして

今もまだ、傷の癒えぬ様子を見ると

最後まで信じ続けることが

どれだけそばにいる人の心に深く残るか

そう思うと、私は少し先の未来の悲しみを

背負えないと思うのだった。

 

本当に誰かを大事に思うなら

運命を共にするほどにそばにいるだろう。

 

愛とは理屈ではどうにもならない。

それほど、思われて生きてそして死んでいく人は

肉体はいなくなっても

きっといつまでも人々の心に生きているんだと思う。

 

小さくなった花束の中の姿を見て

涙が溢れてきた。

本当に死んでしまったんだねと受け止めるしかなかった。

 

沢山の人が涙を流しその場からなかなか離れることが出来なかった。

 

確かに彼女は生き続けていたんだ。

私たちと同じ時間を一生懸命最後まで生き続けていた。

 

人は環境や容姿や運命は平等ではない。

でも、どんな生き物にも平等に与えられているのは

『同じ時間』と

『必ず来る死』

 

みんな、どんな人も24時間を一分一秒を

みんな同じく過ごしている。

自分だけ、時間が長いわけじゃないし、短いわけじゃない。

動物も、虫も

みんな同じ時間を与えられて

平等に来る死まで生きるんだ。

 

自分の寿命は自分では決められないことになるけど

長く生きるべきだったひとも

早く逝ってしまう時がある。

 

彼女は私たちと同じ時間を

とても濃く生きたんだと思う。

 

死ぬことはみんな決まっている。

このブログを読んでいる人も

そして私も

みんな必ず、もうここに来れない時が来る。

 

その世界なんていうけど

自分自身が生まれる前の事を全く覚えていないし

今目の前にある情景は

いつしか未来にとっては過去になる。

 

みんな過去を背負いながら今を生きている。

 

それなら、今を大事にして

沢山の過去を背負う方がいい。

 

もう、彼女に会うことは出来ないけど

出会うことが出来た過去は背負えた。

 

自分の記憶に沢山の過去があって生きる。

そして、いつしかその過去を背負って

死を迎えるんだな。

 

彼女の最後に見えた景色はどんなだったんだろう。

家族がみんな泣いていたら

最後は泣いた顔を見て死んでいくしかないのだな。

 

でも、死んでいく人を前に

笑って居る人なんていないよね。

 

最後に見る景色はみんな悲しい顔なのかな。

それなら、沢山背負う過去を

豊かで笑顔の多い記憶にしたいよな~

 

自分にも必ず来るとしたら

私はどう生きたいか。

 

毎日、前にしか進まない時間を費やして

今を大事にするって、どんな風の事なのかな?

と、考えてみる。

 

彼女は自分が存在したことで

多くの人を導いたと思う。

 

彼女がいなくなっても

生きて行く人の人生は彼女によって豊かになったと思う。

 

彼女の生きた意味は

それが答えだったんじゃないかな。

 

そう思う秋の空