ワクチンの事ばっかり最近書いていたけど

認知症の義母さんの事で

最近色々あって・・・

介護の現場って、今とても大変なんだなぁと思った・・・。

 

義母さんは介護施設に通っているけど

認知症がどんどん進行して

家で誰かが義母さんを見ていることが

負担が大きくなってきて

とうとう、毎日介護施設に通ってもらうことになった。

 

認知症と言えども、トイレも行けるし

ご飯も自分で食べれるし

適当でも茶碗も洗える。

 

でも、会話が全くかみ合わないし

突然、「家に帰る」と外に行こうとする。

家に帰ると言わないで、ふと居なくなったり

 

家族が目を離せなくなり疲弊してしまった。

本人はいつだってマジなので

注意されると面白くないだろうし

自分がおかしいなど思っていないので

かみ合わない会話をつなぎ合わせて

自分がわからなくなったことも自覚もなく

いつも行動的になってるし、困ることばかりだ。

 

認知症って、治療薬がなくて

症状を遅らせるぐらいしかなかったんだけど

やっと、認知症治療薬や日本でも承認されるかどうとか・・・

でも、全然現実的じゃない薬で

そもそも、ここまで進行した高齢者には手遅れだ。

 

あとどれぐらい、義母さんの認知症の事で

家族で悩むのだろう。

 

私自身、祖父母と生活したことがないから

身近に高齢者の介護がなかったから

自分が今、認知症の家族の立場になって

 

こういったこと、あるんだなぁって思うことが色々ある。

とにかくね

いい人ばかりが回り寄ってくるわけではない。

 

昔からの知り合いとか親戚とか

相手が弱ったタイミングで意地悪なことを言う人っている。

 

思いを寄せれない人っているんだな~って思う。

 

認知症になった原因を持論で色々言う人とかね。

「友達がいないからね」とか

「仕事ばっかりしていたから」とか

「変なもん食べてたんじゃないの」とか

 

まぁ、認知症になった原因なんて

結局はわかんないんだけど

協力する気もないのに、好き勝手言ってくる人間って

いるんだなぁ~と思ったりしたな。

 

ここにきて、義母さんの認知症を疑って

私が家族に伝えていた時に

一番、認めようとしなくて色々否定をされて

ケンカも何度もしてきた

義姉さんとは

一番の理解者になっているっていうね。

 

すっごい色々言われたし、私も言ったけど

大人になって、マジで対決したのって

ないよなぁ~なんて思ったけど

 

お互い好きかどうかはわかんないけど

同志的な。協力者として信用できるっていうね。

 

それは、意外だったなぁ~~

 

お母さんの介護で、お父さんが周りを敵にしてしまって

家族以外に協力者もいなくて

敵ばっかり作って介護を孤独化してしまったけど

私が一番色々していたのに

その私にも敵意が向いてきたり

父のやり方が間違っていたのを見てきたから

 

介護って、どれだけ周りが信用できる協力者がいるかどうかで

ずいぶんとやりやすくなるかなんだよなぁ~

 

義母さんの認知症の事で大変なのは変わらないけど

孤独感はないからな。

実家の帰り道に絶望して泣いて帰ってきたような

とてつもない孤独感は

義母さんの介護にはない。

 

これは、私が成長したのか

それとも、周りが賢い大人だからなのか。

 

でも、やっぱり

親を思う『愛情』なんだと思う。

 

お母さんの時

私は親への愛情が持てなかったのかもしれないな・・・。

 

自分の苦しさの方が大きくて

弱るお母さんから離れたかったし

怒るお父さんから離れたかった。

 

お母さんが亡くなって、それは解決して・・・。

理解されない孤独感も

お母さんが存在しなくなったら

会えないさみしさに変わって

孤独感はなくなった。

 

人が亡くなるのは

親が亡くなるのは、とても悲しい事だけど

 

子供にとって、自分の人生の方が大事になって

親が重荷になってしまうと

もう、親との別れの時期なのかな・・・。

 

私は実母には優しく仕切れなかったから

今は義母さんには徹底的に優しくいようと思っているけど

 

お風呂に入れるときに、ものすごく抵抗されて

怒られながらお風呂に入れてる義姉さんを見ると

 

優しいだけで居れるって

本当は楽なんだなって思った。

 

自分の親じゃない気楽さなのだろうか。

それでも、愛情はあるつもりだけど

でも、本当じゃないんだろうな。

 

優しいだけじゃ

なんだな。介護も。

 

色々考えて

それでも、自分も確実に昨日より今日。

経験を重ねている。

 

優しいだけで居れたら

楽なんだなぁ~