オリンピックの活躍が目覚ましく
でも、その一方で振るわなかった選手もいて
様々な思いがあるオリンピック。
ネットニュースで、選手に対して誹謗中傷するような
コメントがあったそうで
選手自らそれが目に入って
心を痛めている事案があるそうだ・・・。
なぜ、見も知らない他人が顔を隠して
表に出る人を誹謗中傷するようなことをするのか。
たぶん、顔が見えない。自分の姿をさらしていないからだろうな。
選手に対して酷いって意見もあるけど
私は、政治家の方だって同じだと思う。
このコロナ禍の中で、なにが正しいかわからない中
一生懸命任務を全うしようとしてる
トップに立つ方々。
ワクチンの遅れや、感染拡大や
緊急事態宣言の延長や
色んな思いがあって
その不満の先が政治家の方々になってしまうのだろう。
でも、誹謗中傷することで解決することってなに?
ただ、混乱を招くだけの場合もあるし
ただ、はけ口だけの場合もある
その意見に責任を持つわけでもなく
表に出る人には、言いたいこと言っていいと
思うのはどうなんだろう。
昔から、人の不満はあるだろうし
現代と昔を比べて
昔の方が良かったことばかりではないけど
ダイレクトに相手に届く割には
自分の顔は出さなくていいツールが増えたと思う。
全部、顔や実名を出さないとコメントとかできないとしたら
もっとクリーンな世の中になる?
好意的な意見と、誹謗中傷の意見と
割り振りしたら
もっといい世の中になる?
自分の発信した言葉は
一番最初に目にするのは自分自身。
その言葉はすべて、まず自分に一番向けられた言葉なんだ。
そう思って出すといいのに。
もっと世の中良くしたいとかじゃなく
自分の人生がうまく行かないからって
誰かのせいにして、その誰かに向けたつもりでも
それは結局はブーメランのように
自分の事なんだ。
私自身も、不満や不平を抱くことはあるし
見えない何かって嫌だなって思うことある。
特にネットはね・・・。
今日は、過去の記事のなめまわしがあって
そういうの、なんか嫌だなって思う自分がいて。
なら、ブログなんて書かなきゃいいわけで
だから、私は自分の言葉に責任をもって
書かないといけないなって思ったりする。
でも、過去の記事を読んで
ハッとする未来の自分もいて
いつかの過去が、今の私に刺さる時があって
それが力になる時もある。
後悔をすることもあるし、
気が付くこともある。
あんなにつらかったお母さんの闘病は
今では遠い昔のようになり
今は、お母さんに話したいことがあるのに
会えないんだって思うとさみしくなるし
後悔もある。
だから、今
義母さんの介護があるけど
出来る限り優しく接したいと思っている。
後悔は、その先の自分をよいものに変えたいと思うなら
いい後悔。
でも、過去は絶対に時間は戻らない。
もう、二度とお母さんには会えないし
あの闘病をやり直すこともできない。
苦しみ続けて、苦しみ続けて
一人でなくなったお母さんの逝き方は
もう、やり直すことが出来ない。
なぜ、手を握ってあげれなかったのか。
なぜ、優しい気持ちになれなかったのか。
なぜなんだろうと思うと・・・
私は自分の気持ちが勝って
その時は受け止めることが出来なくて
一緒に辛くなっていた。
その時はそれが私の精一杯。
それが私の器だった・・・。
今、母のさよならから2年半過ぎて
色んな経験と共に、失っていくのは
やはり残りの人生の時間。
確実に私は年を取り
年令を重ねて、色々なことがもう戻らないのを知る。
だけど、それで枯れたくないし
自分が何かできるのならと
はじめたのが婚活サポートだし
これも、少しだけでも世の中の役に立つって思うと
人生って、お金じゃないもので得ることってあるなって思う。
でも、生きていくってお金が必要で
その生きるためのお金があるからできることでもある。
今、コロナ禍で
働き口がなく、感染拡大の影響で
思うように仕事にならない人は
心の余裕などなく、
どこかに不満をぶつけるしかないと
それで、選手や政治家に向けて誹謗中傷しているのかもしれないし
ただのそういったことをすることを正義感と思っている
無関係の人かもしれないけど
自分がそんな風に他人を嫌な気持ちにしない人生を送れていると
送れているかなと
誰かにとって、必要な人間として生きているかなと
ちゃんと時々考えて行動していけたらと思う。
SnowManの方たちみたいに
多くの人に力と幸せを届けることが出来る立場の人たちでさえ
すごく困難を乗り越えてきて
今があるのだろうし
その意味のあった困難を乗り越える力は
家族や仲間だったり
その方たちがいて成り立つって、自覚していることで
感謝が伝えられる。
アイドルや芸能人は、人に幸せを送れる仕事だから
自分も少しでもそうありたいと思わせてくれるのだな。
SnowManのメンバーたちの母のようになりたい。
見えないけど
息子たちがちゃんと感謝できるような
母親っていいよね。
自分の息子たちも、息子たちなりに一生懸命生きているし
それを支えて見守っていきたい。
そして、自分の人生も。