親の話しも最近は、病気や介護で

悲しい出来事ばっかりだなぁ・・・。

 

いいこともあったはずなのに、なんだか書いていてさみしくなるな・・・。

と、ふと思いました。

 

アクセスで何の記事見てるのかなぁ~って思ったら

母の亡くなった時の話しの前後があって

 

多分、自分のお母さんの事で悩んでいて検索したのか

それとも、私の記事をたまたま見て

過去を探ってみたのか。

 

どちらにしても、私が今まで書いた親の事は

悲しい事ばっかりだなぁ~

 

むしろ、悲しい事はリアルでしゃべることでもないから

ここに書いて、気持ちを整えて

現実世界では楽しい事は楽しい!

美味しいものは美味しい!と

元気で居れる気がする。

 

母が亡くなる前後

すごく大変な状況だったけど

趣味仲間と集まって、色々楽しいことあって

旅行の計画を立てていた時は

実は母が余命宣告されていた時期で

 

でも、そんなことを旅行の計画をしている仲間に話しても

なんて声かけていいかわからないだろうし

それだったら、楽しい時間は楽しい時間として

過ごしていたいなって思った。

 

母が亡くなって、49日過ぎてから旅行の日程になったけど

「実は母が亡くなって」と話した時には

 

「何にも言わなかったんだね・・・」と言われたけど

でも、その時期は

仲間に会う時は、赤とかピンクとか明るい色の服を着て

気持ちも上げていたし

自分でも不思議なぐらいに切り離せた。

 

母が亡くなるのはもう、事実として受け止めるしかない状況で

どんなにあがいても、その事実はなくならない。

 

でも、母が亡くなっても

私の人生はあるわけで

泣き暮らして、周りに気を使われるよりも

 

何にも知らせないで、楽しい時間を過ごして

笑って居る方が

私が良かった。

 

家族の死があって悲しむのは

家族の仲だけでいい。

母を亡くして、悲しむ母の友達や親せき。

その人たちがお葬式に来てくれて

母の別れをしてくれるから

 

母を知らない人にまで

悲しさを共有してもらわなくていいと思った。

 

同じように、自分に起こる試練は

自分だけのものであって

 

友達にまで共有しなくていい。

友達が多いとか少ないとかを

気にする必要もなく

 

友達というのは

今の私が一緒にいて、楽しいと思える人。

それが今の私の友達。

 

母の葬式を行ってみてわかったのは

沢山の友達がいた母だけど

別れるときには一番そばにいて悲しんだのは家族だった。

 

友達は連絡してお通やと葬儀には来てくれたけど

病気の時も亡くなった時も

重要な場面では存在しない。

 

老後一人でも、家族がいなくても

友達がいればいいじゃないとか

そう思うかもしれないけど

 

亡くなるときに、友達の数は関係ないと思った。

家族がどうその人と向き合ったか。

それしかないのだなと。

 

だから、子供がいるかいないかも大きくて

父と母に子供がいなかったら

母の闘病も、母の介護も、母の入院も

亡くなるときも

父は全部ひとりでして

そして、母が亡くなって一年後の大腸がんの時は

一人暮らしの家で

誰にも気が付かれないで

食事が取れなくなって孤独死していただろう。

 

子供がいることで、助かって

病院に搬送されて手術をして回復した。

 

でも、父はそこまで想像しているかどうかわからないけど。

 

入院するときも、介護施設に入る時も

連帯保証人は2名必要で

頼める家族がいないで病気になった場合

本当には大変だって思う。

 

私には子供が二人いて

今は自分の人生を生きるために

学業が本業だけど

 

やはり、自立して仕事をして

健康で生きて、ちゃんと家族を持ってほしい。

 

そうじゃない人もいるよとか

そうじゃない場合はどうするのとか

 

見えない他人の言葉があったとしても

私自身が自分の生きてきた人生で

親の困難に何度も遭遇して思うのは

 

子供の立場の私は、なんて頼りになる人間なんだ。

ということだ。

 

母、義母、父、そして義父と

次々の病気や介護に

すべて関わってきている。

 

子供は自分ちと義理と合わせて6人いるのだけど

どうしたって、私が一番関わってる。

 

キーパーソンになって先頭走っている。

 

それが大変かと言われたら

そうですね。大変ですね。

 

でも、私にできる役割なら

出来ることならしますし

出来ちゃうのでするだけです。

 

そして、会社の給料の昇給の時期。

私は昇給しました。

総支給が100万になり

手取りも70万を超えました。

 

仕事は多忙にはなったけど

お金があるということは心に余裕ができます。

 

そして、年齢とともに

様々なことが出来るようになり、収入が増えているのも

親がちゃんと育てて来てくれていたんだなと

改めて思います。

 

色んなこと大変でも、親には感謝しかないし

出来る限りの事はしていこうと思うのです。

 

親をみることで

自分も成長している。