ここのところ、子育てと自分の人生について考えていました。

 

自分の人生だけを考えていたのは結婚して子供が出来るまでで

子供が出来たら、自分の人生の半分以上がゴールだと思っていたのだけど

 

自分の人生以外の

子供の人生。自分以外の人生を支えるというのが

私の人生の最大のプロジェクトになりました。

 

小さい時の悩みと

今、自立に向かってもがき苦しんでいる息子に対しての悩みは

比べようもないぐらい私を親として考えさせます。

 

息子には今まで様々なことで難題を突き付けられてきたけど

今が一番大変なのかも?

と思うような気持でいますが・・・。

 

でも、やっぱり8年前に起こった大腿骨骨折の出来事よりは

切なさは違うのかもしれない・・・。

 

あの時の大けがは

他人から見たら「成長できる良い経験」と

勝手に言われることはあるけど

そんな生半可な出来事じゃない。

他人に何がわかるんだと思うぐらい、私の中では

消化されていない。

 

その出来事が、息子には『がんばりぬく先に行く怖さ』を

植えこんでしまったのかと悩むから。

 

今、もがき苦しむ息子は

自分の悩みでいっぱいいっぱいで

誰かの事を思うこともできない。

物を大切にしようとする心も壊れかけ

それでも、苦しくて仕方ないけど

自分の限界を知りつつも、前を向こうとしている。

 

この先にあるのが、遠く離れた土地に行くことになるとしたら

私がかつて

子育てに悩んだ時

この子をどこかに出して修行させた方がいいのではないかと

何度もよぎったことにつながるのか?

 

どうしても、子供が欲しいと願って

出来にくい卵巣の疾患があるとわかって

腹腔鏡手術に踏み切ったあの時。

 

手術後の辛さのあとの

不妊治療の本格化。

卵管通水の辛さや

腹水でお腹が張り辛かったこと。

つわりも最初から生まれるまでずっと辛くて

様々な妊活や妊娠期間を経て

子供が生まれたら、この辛さからすべて解放されて

とっても幸せしかないんだと思って・・・。

 

でも、実際は

生まれてきたその瞬間から

さらなることが沢山ある。

 

多分、スムーズに妊娠出産した人も

妊活で大変だった人も

 

思いがけないような子育ての時期を過ごすのだろうな。

長男の誕生はとにかくうれしくて

沢山の幸せもあって

沢山の出会いもあった。

 

そして、その時期が18~19年続いて

今は、もう親の元から飛び立とうと

必死に毛づくろいをしながら

うまく飛べない毛並みを

何度も整えて整えて

時々、巣をぶっ壊し、餌の取り方を間違えて

お腹を壊して、敵に襲われて

巣を作り直しても、雨も風も吹いて

吹き飛ばされそうになって

なんとかなんとか・・・

 

巣から飛ぼうとしている。

それをどうしてあげたらいいのか

見守って、時々手助けして

 

でも、本人の生命力を信じるしかないと

耐えているんだけど・・・

 

親って・・・

 

こんなに大変なんですか・・・。

 

 

親になるってすごいんだな。

世の中には

『毒親』とか言って、子供にとって毒になる親って

いるわけだけど

なんなら、自分だって親のことを

そんな風に思ったときもあったけど

 

今自分がい親になって

ここまで育てる気力ってすごいんじゃない??

 

意思を持つと

子供は自分で勝手に育ったと思うけど

寝てるしかできない赤ちゃんの時から

歩けるようになるまでだって

どれぐらいの労力がかかるか。

 

世の中の虐待のニュースを見ると

胸が痛いけど

ほとんどの親は

子供の事を育てていくうちに

悩み、耐えて、自分よりも自分の事よりも

優先して考えていくのではないかな?

 

長男のあとには次男がいて

次男は自称「俺って悩ませなくない?」と言うぐらい

親を悩ます行動は少ないけどね。

 

自覚があるってある意味すごいけど

兄貴の存在感がすごすぎなのかな?

 

苦しいとか、大変とか

そんな風に思うより

 

この経験って、大事なんじゃないか。

楽しいじゃないか!!

と思うことが

先に続くのかな~~~

 

『子育て』という『育てる』から

 

自分の力で成長する『育つ』と思えるように。

私自身もまだ成長できるんじゃないか?

 

そう思うのです。