一度、アクセス数が増えた経験があると

アクセスが少ないと気になる。

 

こういった似たような経験による感情って

色々あるなぁと思ったりする。

 

「いいことがあったら、逆の事が起こるんじゃなうかと心配」

とか

「幸せだけど、幸せすぎて怖い」

とか

 

うまみを覚えたから

そうじゃなくなったらどうしようと

人間の感情って振り回されそうになる。

 

あと、経験したことないことをことさら不安に思う。

 

「夫の親の介護なんてしたくない!」

「長男と結婚したら大変だ!」

「自分の親がいなくなったらどうしよう」

などなど・・・

 

未経験の時は怖かったけど

その全部を経験して思うことは

 

『案外何とかなる』

ということだな。

 

介護は想像できないときは

ただただ大変と思ったけど

20年ほど前にできた介護制度のおかげで

どれだけ助かるか!!

 

介護申請をしたら、介護認定によって

1割負担でさまざまな介護サービスが受けれるし

本人や家族の希望で、様々なサポートが受けれる。

 

大変なのは、手続きや希望の内容や

契約に伴って様々な人と話し合うことなんだけど

それを過ぎたら、本人が慣れると

あとはスムーズに事が運ぶ。

その後、介護度が上がると内容を再検討が必要だけど

認知症は進行によって目安がわかるし

大変

と感じることは私はほとんどないかも。

 

夫側の家族の意向が合わない時が

私の行いに批判的だったり攻撃的だったりで

苦労したけど

それも、自分自身に信念があるからか

今では物事はスムーズ。

 

長男の夫は私に対して全面的に信頼しているせいか

同調するのでこれも大変と思うこともなく。

 

長男で本家の田舎の仕事は

わかる人に相談して頼って

ちゃんと感謝の態度で接したら

みんな結構親切。

 

色んなこと相談する母はすでにいないけど

でも、いつのまにか強くなった自分がいて

もう、親を頼らずとも生きていけるようになっていた。

 

総合的に見て

何も知らない時に想像していた『大変さ』は

自分の経験と成長と共に

『こなせる内容』になっていたんだな。

 

色々行って思うのは

必要以上に期待しないこと。

 

こんなにしたんだから

感謝されて当然とか

私はよくやったとか

そういった、他者に求める感情を

行ったあとに、期待を捨てること。

 

もう、したことに対しては見返りは求めない。

私は出来ることを行っただけ。

 

最近は、父の大腸がんのことで

様々なことを行っているけど

兄も妹も何もしないし、何も言わない。

 

だったら

私は『一人っ子』なんだと思えばいい。

一人っ子なんだから、親の事は一人でするしかない。

親が他の兄弟にお金をあげるのは

どこかに寄付しているんだなと思えばいい。

 

父がしたい『寄付』なんだから

私がそれをとやかく言う必要がない。

 

私は自分が出来ることをすればいいのだ。

それに、兄や妹からどう思われるとかもない。

だって、私は一人っ子なんだから。

 

今は夫の姉や弟と

関係性はいいので

こちらに、兄弟が出来たんだと思えばいいのだ。

 

人は大変な事が起こると

対応できる人と出来ない人がいるんだって思う。

 

私だけが大変なんだと思うと、損した気分になるけど

自分が出来ることをしているだけと思えば

なんだか心理的負担もなくなるな。

 

やはり、期待するとそれに対して思いが生まれるけど

介護などは期待しない方がいいなって思う。

 

それに、よく考えたら

自分自身で行っていることなど

本当に少しなんだから。

 

もともと、ノートに書くような日記。

たまたま誰かの目に止まったけど

自分の思いを書き出して整理して

そして誰かわからないように残す。

時々、どこかの誰かの目に触れて

それでスルーされるぐらいでいいなって思う。

 

リアルの中で大好きな仲間がいて

楽しい日々があって

でも、心のもやもやを

こんな場所で書き出していたら

とてもバランスが取れる。

 

そして、たまに過去の記事を見て

自分で自分にアドバイスをするように

助けられて。

 

面白いなぁって思う。