大腸がんの手術をしたお父さん。

腹腔鏡とはいえ、大腸を切って小腸につなぎ

リンパに4か所転移をしていて、肝臓に一か所影が見えると

術後の説明の時には

「大腸のがんの患部を10センチと少し大きめに切り

リンパの転移を取りました。肝臓は切るとなると

大手術となり、術後の負担も大きくなります。

年令も80を過ぎているので、肝臓は経過観察にします。」

とのことで、肝臓の部分を残し

大腸と小腸は手縫いで丁寧に縫ってくれて

4時間の予定が5時間になり、丁寧な手術でした。

 

病院内では待機できないので

近くの場所で待機していましたが

9時半から待機して、3時半頃に

病院から連絡が来ました。

 

「手術が終わりました。4時から主治医からの説明をします。」

結局、6時間待機していました。

 

お昼を挟むので、妹と一緒に

ランチに行っていました。

ちょっと美味しいランチを食べました。

「なんか、お父さんが手術しているのに

 私たちってのんきよね~」と言いながら。

でも、なんか大丈夫そうな気がして

不安感は全くなく。

 

術後の主治医の説明もとても丁寧で

母の入院していた病院とは大違い。

母の場合は、病院との相性が悪く

主治医にも看護師にも不満が沢山あり

父はどうしても、その病院に入院するのは拒否して

実家からは倍以上時間がかかる病院に搬送され・・・。

 

結果的には、先生にも看護師さんにも恵まれて

父は「初めていい先生と思える人に会った」

と言っていました。

 

そんな経緯もあり、父の手術には不安感はなく

もう、お任せしますの心境でした。

 

父は術後に少し会えましたが

全身麻酔あとなのに、表情が良く

動けないけど、どこにも痛みはないと言っていました。

麻酔も本人に負担がない量で、術後の痛みもないのは

腕がいいんだなと改めて思いました。

 

そして、手術の次の日には

父はさっそく病院内を歩いていて

メールで「今日は1000歩歩いた」とのこと・・・。

 

手術後の80歳が次の日に1000歩歩きますか??

元気良すぎませんか??

 

そして、手術をして4日後に退院だとの連絡!!

今はコロナでお見舞いはいけないので

状況は父から短文で来るショートメールのみで知りますが

術後二日目にはおかゆから徐々にはじめ

退院の日には普通食だったそうです。

 

そして、毎日院内を一生懸命歩いていて

術後4日で6000歩以上歩いたとか。

病棟は自分と同じぐらいの年齢の高齢者が多く

誰も歩いていないで、ベットの上でゴロゴロとしていたり

談話室まで行ってテレビを見ていたりと

のんびり回復を待つ人ばかりの中

父は一人、2階から1階に行ってみたりと

歩き回っていたようで

看護師さんにも「すごく元気で」と言われました。

 

大腸がんの手術したばかりの

それもステージは4に近い3だったのに

そんなに歩き回れるものなのですか??

父は初めての病気で初めての入院で

初めての手術だったのに

それもがんなのに

気の持ちようが違うなって思いました。

 

そして、昨日退院したのですが

どうしても、施設に入りたくない

自宅に居たいという気持ち通り

自宅に帰宅。

 

でも、一人暮らし。

大腸がん手術後の80歳。

普通に考えても、大変なのに

父は自宅に帰っても元気でした。

 

母の時は悲壮感で、縋り付くように周りに依存したのに

父の自立心はすごすぎる・・・。

 

大腸がんって診断されても、受け止め方が早かった。

今まで病気もないし、健康診断もしないから

病気が見つかったら、末期なんじゃないか

もうそのまま弱るんじゃないかって思っていたけど

実際に、私が衰弱した父に会ったときには

もう、ダメなんじゃないかって思ったけど

 

搬送された病院での、先生の信頼が

生命力を増した感じです。

 

病院は重要です。主治医はもっと重要です。

この病院じゃなかったら、父は元気にならなかったかも。

 

しかし・・・

8/30に弱り切って救急搬送されて

9/1に大腸がんで腸閉塞を起こしていた部分に

ステントを入れて、腸を通せるように応急処置をして

9/5に一時退院して、自宅に戻り

9/11に再入院して

9/15に大腸がん切除手術をして

9/19に退院。

 

約3週間のあっという間の出来事でした。

その間に、私は様々な手続きてあちこち色々行ったけど

施設の入居検討は杞憂に終わり・・・

また当たり前に自宅に戻ってくるとは!

 

父はすごいもんだな。

9/5の一時退院の時に

毎日8000歩ぐらい歩いて

温泉に行って、体をあたため

体力作りをして再入院したからか。

すごい回復力だ。

 

でも、高齢なんだし、腸を切ったんだよ!

数日はおとなしくしないとだよと

食料など置いてきましたが

退院したその日の夕方には

温泉に行ったそうです・・・。

 

ちょっと傷口!!と注意しましたが

薬湯の温泉なので、傷口を早く治すため

湯舟には入らず、かけ湯してきたそうな(ほんとか?)

 

腹腔鏡の手術とはいえ

お腹にいくつかの穴のあとがありますが

傷の治りも早いそうです。

 

父って・・・ほんと元気・・・。

 

結局、大腸がんは3年前ぐらいから発症したいたそうで

その頃は、母の闘病で父は全力で母の介護にあたっていて

ストレスがすごい時期・・・。

あの時期に母は自宅が無理になり入院したのですが

それから病院と介護施設を行ったり来たり。

結局、自宅に戻ることなく病院でなくなりました。

 

父はその時、病院に不満を抱き主治医との信頼関係が

築けず、

介護施設でもクレームを何度かいれていたそうです。

母は介護施設で熱中症になり言葉が出なくなりました。

父は、病院も施設も信用できない!!

と、自宅で手作りの食事を作り

母に届けて、何とか食べさせようと

1日3回も施設や病院に通い続けました。

しかし、亡くなる2か月前には食事は全く食べれなくなり

点滴のみになってしまい、

母はもう、意思の疎通が出来ないまま

横たわるだけになっていました。

 

その時も、ずっと病院に不信感を抱いていた父は

毎日病院に通い続けました・・・。

そして、真夜中に一人ぼっちで母は亡くなりました。

 

亡骸になった母ですが

父はもう、生きていない母に泣いてすがることもなく

「死んでしまったよ」とつぶやきました。

 

葬儀の時も荼毘に旅立つ時も

父は泣くことはなかったです。

母の6年に及ぶ闘病の日々で

その時に十分悲しんだのかもしれません。

 

亡骸になった母にはもう何をすることもできません。

死んだ。もういないという事実だけが

私たち家族の現実でした。

 

母の葬儀には沢山の人が来ました。

母は友達がとても多く、とても慕われていました。

お見舞いに行きたくても、母はほとんど断っていたので

母の弱り切った姿を見た人はほとんどなく

元気だったころの写真や

綺麗に化粧をしてもらった顔を

みんなの記憶に刻んでもらいました。

それが母の望みだったから。

 

沢山辛い思いをしたし、私も苦しかったけど

母はもう亡くなって浄化したので

私ももう、その時の気持ちは浄化しました。

 

そして、母が亡くなって1年5か月後に

父の大腸がんです。

 

過去のブログにあるように、父からは沢山傷つけられ

苦しみましたが

もう、私はすべて許しているので

父の闘病にちゃんと向き合っています。

 

子供が親に出来ることはこういうことかなって思います。

親にされたことは嫌なこともここ数年あったけど

私がこの世に存在して、今生きていることは

親がいたからこそ。

 

そして、思うよりも強く生きてる自分があるのは

親があってなのかなと思うので

 

私は親の弱さや過ちは許します。

人間の弱さなど、責める理由ではないのかなって思うのです。

 

父は、まだがんの肝臓転移が疑われるので

この先、どれぐらい症状が出ないで過ごせるかわかりませんが

父の人生を生きてほしいと思っています。

 

私はもう、父に何かを頼ろうとか思わないけど

父に対して出来ることはしていこうと思っています。

 

母にはそれに迷いがあったけど

今度は迷わない。

 

私は親の老いに向き合って

強くなりました。

 

私は私の人生をしっかりと生きていこう!

自分の人生なのだから。

 

親からの過去の傷も嫌な思いも

すべて捨ててしまえ!

 

私は親を支える人生を生きるんだ。

そして、息子たちの人生を見守り

自分の人生をしっかり生きていこう!

 

それが私の生き方

上等だ!!