80を過ぎた父が大腸がんになって

がんって身近なんだなとしみじみ思った。

 

身内でがんになった人を考えてみると

母・・・60代で胃がん2回(改善)

父の妹・・・30代で大腸がん(原因)

父の母・・・50代で胃がん(原因)

夫の方は

夫の父・・・60代で肺がん(克服)

夫の父の姉・・・70代で胃がん(改善)

夫の姉・・・40代で皮膚がん(克服)

ざっと数えてもこんな感じ。

母は胃がんに2回かかっているけど

手術で改善出来て、がんは治ったけど

その後難病を発症してそれが原因で亡くなった。

父の妹と母親は、まだがんは死に直結する時代で

がんが原因で亡くなった。

 

でも、夫の方が家族に3人がんがいるけど

みんながんは治って

夫の父の姉はがんは治ったけど

大動脈解離で亡くなった。

夫の父は肺がんの手術をして2年間の抗がん剤を経て

克服出来て、今も生きてる。

夫の姉は若い時にメラノーマになったけど

今はとっても元気。

 

最近はがんも克服できる病気になって

直接の死因にならないけど

がんでやせ細って、他の病気を誘発する場合があるなって思う。

 

父は絶対がんにならない様に生活に気を付けていたけど

母の介護の時期にがんが進行していたようなので

やはり、がんはストレスが大きな誘発になるのかな。

 

兄も、大腸ポリープを何度か切除したことがあるので

私の実家の家系は消化器系が弱いらしい。

 

夫の母、義母の家系はがんは全くないけど

認知症家系らしく、特に女性が歴代認知症になるみたいで

体が丈夫で働き者なのに

70代半ばで認知症を発症したのは

義母の母親と全く同じらしい。

結局10年以上施設に入って何もわからなくなり

90過ぎて寿命を迎えた。

 

義母は時々、実家の母親の話しをして

少し前まで、母親が弱っていて病院に見舞いに行っていた

記憶になるようで、突然実家の母親に会いに行くと

言い張って聞かなかった時が何度もあった。

 

最近の記憶はさらに若返り

実家の母親が元気に農作業をしているといい

またさらに、母親と一緒に生活していた時期になり

「お母さんはどこに行った?」と聞くことがある。

私が、「お母さんは今日は元気でお出かけしてますよ」

と言うと、

「そうなのね!元気でよかった!」と笑顔になる。

 

義父は前は「何言っているんだ!とっくに母親は死んでんだぞ!」

と、亡くなったことを理解させようと怒っていたけど

「でも、お義父さん。

母親が生きているって思うのは幸せな事なんじゃないですか?

私は母親が亡くなって悲しいので、生きていると思うと

それだけで元気になると思います。」

と言うと、義父は納得したのか

なるべく死んだを理解させようとしなくなった。

でも、それでも疲れている時に

母親に会いに行くと言われると、腹が立つようだ・・・。

 

がんになった人は、晩年も頭がしっかりしていて

義母のように体が思いきり丈夫で病気知らずなのに

認知症になるということもあるので

どんな人間も、何かしらの病を患って

死にゆくのだな・・・。と思う時がある。

 

私の家系も、夫の家系も、やけにがんが多いと見えるのか

息子は時々、「やっべぇ!うちってがん家系じゃないか!」と

言う時がある。

 

まぁ、最近は健康診断で早期発見したがんは

何事もなく治療後は生きれるからね!

と言うと、

でも、認知症っていう場合もあるよね?

それに、難病もおばあちゃんがなったし・・・。

 

あまりにも、身近で病気ばかり見てきたので

不安になるときがあるらしい。

特に、母の難病は、徐々に動かなくなる病気で

それを見てきたのが思春期だったせいか

ペットボトルの蓋がうまくあかないと、

不安で仕方なかったそうです。

 

そういえば、三浦春馬くんがALSの病気になる役をしていて

最初がペットボトルの蓋が開かない違和感だったもんね・・・。

あの役をして、健康な自分がいたのに

何でも手に入りそうに輝いていたのに

自らの命を決めてしまったから

健康だけが生きていける理由じゃないんだなって思う。

 

本人が、もしがんになっていたら

自分の命をもっと生きようって思ったのかな?

やはり、役者が役をしたからといっても

実際は病気じゃないわけで、そういった解離的な感覚も

役者は抱えて演じるので

健康な自分の命を見つめていたのだろうか。

 

病気やがんなどになった人を見ていると

もっと生きたいと、強く思うようで

今までの人生を悔いる場合も多い。

 

もっとああすればよかった。

あんなことしなければよかったと。

 

母も、バリバリのキャリアウーマンで生きてきたけど

専業主婦だった方が良かったのかなと言ったそうだ。

 

専業主婦におさまらないから外に出たのにね。

むしろ、もっと早く病気になっていた可能性もあるよ?

 

今自分の生きてきた人生を後悔しても

時は戻らないし

やり直しがきかないのよね。

 

でも、ここから先は自分で決めていける。

命があれば。

 

ここ数年、親の病気に振り回されて

それに対して逃げないで立ち向かっているけど

私自身が病気になったら

誰が私の病気に立ち向かってくれるのかと考えたら

それは私自身なんだろうと思う。

 

自分が望まないけど、

親の闘病の第一線で戦う私だけど

それが私の使命だと思ってもいないけど

出来ちゃう私なので。

 

それに、ちゃんと仕事もしている。

これもぬかりなし。

このコロナ禍なのに、例年以上に仕事の量が多い。

忙しさの中で仕事もしているので

むしろ効率化している。

それに、ここでこんな風に吐き出すブログも書きながら

 

読み返すと、誤字があるんだけど

まぁいっか。走り書きで感情のコントロールのために

書き綴るので

 

父は手術から3日たったけど

順調に回復しているようで

退院も早そう。

 

夏バテ?食べれない。何にも食べてない

水しか飲めてない。水も飲めなくなってきて一週間・・・

と言うところで、私の訪問で救急車対応。

それから大腸がんの発覚で、手術をすることになり

手術が終わって、回復が順調。

これが8月30日から今日までの父の様子。

 

その間に私は

父の様子を確認、水分を購入して一日様子る見るも

衰弱が激しくて、救急車搬送。

入院・・・している間に、実家の掃除。

父のしていた親戚の成年後見人の仕事の辞任に向けて

司法書士に会いに行き、親戚に連絡。

親戚は、母の兄弟でこのことが原因で

何年も母とうまくいかなくなり、それに父も巻き込まれ

私たちも巻き込まれかけたところに

私は打破して、辞任の方向に動き

嫌な気を断つことが出来た。

 

そして、信頼のおける神社にお参り。

父の快気を願うと

次の日から入院中の父の回復がめざましく

手術を行えるまでの体力に回復。

一時退院を経て自宅に戻り

そして、再入院をして手術に至る。

またその間に私は

ケースワーカーと、包括センターに連絡と取り

父の退院後の生活サポートの申請をする。

そして、実家の清掃に見積もりをしてもらう。

 

などなど・・・父が入院している間に

様々なことで動いていた。

その間に、長男の大学受験の推薦の準備で

予備校に行き来していて、長男の相談にも乗って

次男の部活の事やいつもの生活のサポートもして

 

そして、義母の介護のサポートの方もしていたし

母屋の食事の準備をして、自分の家の食事も作る。

 

自分の代わりが誰もいないから

私がちゃんとしないとだと思って

リラクゼーションにも通って

ネイルサロンにも行って、ちゃんと整えていた。

そして、ワンコのお世話も朝夕の散歩も!

 

我ながら、この半月の自分の動きに無駄がない!

半月であった人は

・救急隊

・救急医

・消化器内科医

・外科医

・看護師数名

・病院ケースワーカー

・地域包括支援センター

・区役所の手続き

・司法書士

・清掃便利屋さん

電話した人は

・親戚のおばさん(成年後見人辞任について)

・信託銀行担当者(成年後見人辞任について)

・義母のケアマネ

などなど・・・あと、仕事も。

 

こんな風に忙しかった中で

近所の家族と、プチバーベキュー宅のみもしていたんだな。

楽しかったな~~

 

夫は仕事に忙しいといいつつ、バーベキューは来たし

ゴルフしたり、楽しそうにしていたな。昨日はゴルフ後の飲み会も行ってたし。

 

親ががんで、認知症で、仕事が忙しくて

子供の事でも忙しくて

色々忙しくても

自分の楽しみは絶対にはずせない!!

 

だって、自分は病気じゃないんだもん。

私は健康で、楽しい時間を持つことが出来るのだから。

 

どんなに身の回りで何があろうとも

今自分はどうなのか。

私自身はどんな状態なのか。

 

私は私の人生を生きる権利は

自分のものなのだって思う!

 

昔は『FLOW』ってのが好きで

自然の流れに身を任そうって思っていたけど

 

今の私は人口の流れでも作ってみたら

自分の人生だ!!って思う。

 

周りがどんなだったとしても

私の人生は私の権利なのだから。