今日は小休止です。

ここ最近、義母の介護でデイサービスが週3回に今月からなり

そのタイミングで、父の大腸がんが発覚して

約半月しかたってないけど

怒涛の日々だった。

 

色々あって、書く暇もなかったけど

久しぶりに今日は親の事で何もしない日。

でも、朝は義母のデイサービスの送り出しをしたけど。

 

義母は認知症なので、デイサービスに行かせるのが一苦労で

毎回時間がかかります。

どこに行くかもわからないし、何をしに行くかもわからないし

毎回、自分だけで行きたくないのか

私に一緒に行こうというけど、

とにかく疲れます。

週一回の送り出しを、義父の負担を減らすために

週3回にしたけど、

その送り出しに疲れる。

でも、毎回義姉が来てくれるし、それで助かってる。

最近は義姉と協力体制で安定感が出てきた。

 

でも、父の入院の時期は義姉は娘さんの引っ越しで留守で

色々重なって、大変だった。

義父も義母にイライラして、朝の7時半から「見てくれ!」

と言うし・・・。

こっちも主婦業で朝は忙しいんじゃ!!

 

色々大変だったけど、過ぎてみると過ぎたこと。

私って、対応力がすごいなぁ~~

尊敬するよ。ほんと自分を!

 

一個前の父の大腸がんのブログを書いたら

どなたか、舐めるように母の記事を読みましたね!

 

はい。私もその誰かさんが読んだブログを読み返してみましたよ!

もう、ほんと私は自分をエライと思ったよ。

 

あんなひどい事父に言われて、それでも今は

ちゃんと父の事に向き合っているんだよ!

 

私は、人を許すことが出来る人なんだな。

というか、人間の弱さを許します。

 

私自身が弱い人間だから、人の弱さを過ぎたら忘れます。

忘れていないけど、もうそんなことにこだわって

人を許せない人間になって、時間を無駄にしたくないです。

 

たとえば、夫が浮気したとします。

それを猛烈に許せない人もいるでしょうね。

 

でも、自分の親に人格否定されて許せない人もいますよね。

夫は他人ですが、親は親です。

その親に、母の介護にかかわっている時

さんざん、人格否定されました。

 

親は弱くて、自分たちを正当化したくて

あたり場所がなくて

強く一生懸命頑張っている私を

自分たちのような弱さの沼に引きずりたかったのでしょう。

 

それが人間の弱さなんです。

自分と同じき境遇になって、同じ気持ちを共感してほしい。

だってそれが家族ってもんでしょう!?

 

毒親あるあるですね。

 

私も自分の親を毒親って思いました。

それだけのことを言われたか。

でも、私がいなかったら両親の苦しみは増していたでしょう。

子供3人のうち、私だけがそこから救い上げようと

必死にしていたのに

それでも、攻撃的な態度で罵倒されました。

 

そんな状況をどうして乗り切ったのかと言うと

私は『母親』だったから。

 

私は自分の親から見ての『娘』としての立場ではなく

自分が『親』なんだという立場で物事を考えました。

 

私自身が傷ついて苦しい事は私のこと。

でも、私が傷ついて弱い人間になったら

影響を受けるのは私の子供です。

 

息子たちには絶対に

私は母親として息子の人生を守り抜きたい。

 

守るというのは、彼らが強く生きていける『安定感』を

持ってほしい。

 

私は不安定な子供で、

友達とうまくいかなくて、仲間外れにされたり

いじめみたいのにあったり

フラれたり、嫌われたりして、

転職も繰り返して、あんまりよくないこともあったから。

そういった、なんで自分がこうなるんだろうっていう

漠然としたことが

家庭の問題が影響があったのが今ならわかる。

 

いじめる子に問題があるのなら

いじめられる子にも問題がある。

それは家庭の影響が大きい。

うまく生きていけない。

なんでだろうって思うけど、

当たり前に生きている環境がそうなんだってことに

子供は気づかない。

親だって気づかない。

 

たぶん、親が毒になっていたんだろう。

でもあのころだって、それなりに幸せだったのにね。

 

それに気づいたので

私は自分が毒を吐く人間にはなりたくなくて

親の介護で辛い目にあっても

それを自分のせいだとか思わずに

親の弱さを認めようって思った。

 

母はとにかく、弱かった。

その原因はなんなのかは、母の生き方や生い立ちに

あるのかもしれないけど

母の弱さを私は引き継がず

 

夫と言う、絶対的安定感を持っている人物が

なんでこんな風に育ったんだろうって思ったら

母親の強さが大きいのだなって思った。

義母は認知症で今では色々わからないけど

本当に強い人間だ。

その強さは安定感。

そういった母親に育てられた子は強い。

とにかく、逆光に強い。

 

そういったことを見てきて

私は私と言う存在で傷ついても

母親としてはへこたれないでいようって思った。

 

そう思いきれるまで、子供の問題に直面したけど

それで、ハッと気が付いたのもあって。

 

色々なめねこさんが見ているみたいに

過去の記事にはその様子もわかる。

 

私が傷ついても

母親としては傷ついてらんない。

 

どんな時も、息子たちの人生の方が優先順位。

この子たちの強く生きる力を持ってほしい。

 

友達に嫌われるとか仲間外れになるとか

いじめにあうとかもなく

 

どんな時も、後ろを振り向かずに学校に行く姿に

その後ろ姿に、無事を祈る母。

そうしている母に全く気が付かない息子たちだけど

それでいいのだ。

 

母親を振り向きながら気にするような生き方をしていない。

それがいいのだ。

 

夫の精神面の強さが似たのかもしれないけど

私の10代とは全く違う。

すごいしっかり生きているって思う。

 

私の同じぐらいの時って、精神患って病院に通っていたからね。

その時、母は自分の方がつらいんだって顔をしていて

病んだ私を弱った姿を見せて責めた。

私はこんなに大変なのに、精神なんて娘が病んで

そんな娘を持つ私はかわいそうな母親だ。

そんな風だった。

母はいつもそうだった。

自分を可哀想な母親って顔して

そして、仕事の時は振り向きもせずめかしこんで出かけていく。

その姿を何度も見てきて。

 

可愛そうな顔をした母親にはなりたくなかった。

だって、この子たちはかわいそうな母親を持つ子にしたくなかった。

母はいつだって、どっしりと向き合ってくれるんだって。

そんな母親になろうって、思っている。

 

息子たちはどう思っているかわからないけど

この家に生まれてきて本当に良かったと

言葉に出すので、そうなのかなって思う。

 

長男が進学先を県外にすると言っているので

本当は地元の大学と思っていたけど

それならそれでいいのだと思う。

 

親元から離れる年齢に達して

それをしようとしているのは

私が同じ年で、家が嫌で早く出ていきたいと言っていたのとは

全く違っている。

やりたいことをしたいことを求めて、そう決めている。

 

お母さんが死んで

1年半過ぎ

色々許せるようになり

なんであんな子供の時から、母の代わりに家の事をしたり

一生懸命プチ主婦になっていたのかなって思ったら

私は「お母さんが大好きだった」のだなって気が付いた。

 

先日、妹と父の手術が終わるのを待っていた時に

「お姉ちゃんって、いつも色々するよね

 大変なら、しなきゃいいのに」って言われて

妹は、出来ない子を演じて自分に大変さが降りかからないように

するのがうまい子なんだなって思った。

 

でも、大変でも私はしてしまう。

後悔はするんだけど、乗りかかった船には乗ってしまう。

それは大変な航海になるのだけど

荒波を乗り越えることが私は出来てしまう。

なんでなんだろうなって思ったら

やっぱりお母さんが好きなんだな。

 

親は私の優しさにつけこんで色々してと言っていたけど

そう頼られているのも、私は好きだったのだろうな。

 

そのうちに、いろんな経験も積んで

今では、父の事も

ありがたいこと。って思うのよ。

 

だって、子供が親を見れるって

私は人としてしっかりと生きてるから。

親が頼れる子供になるってすごい事じゃない?

私は親に頼りにされる人間に成長したんだよ?

 

私に任せたら、間違いないって

自分より沢山生きてきた親がそういうのよ。

それって、私がしっかり人生を歩めていて

人の弱さを許せる人間になったからって。

そう思うわけなのね。

 

この域に達してしまうと

様々な大変な事をするりと乗り越えられる

パワーみたいなもんが身についているのか

どの人に会っても、みんな私に対して笑顔で

とても親身になってくれる。

 

この良い気のパワーがこの状況で得られる。

それって、すごいのよね。

 

人間力が増すって、一人ではできなくて

出会う人の『いい気』も自分の方に引きよせ出来るの。

 

たまに、ネガティブなこともあるんだけど

それをまた階段のように、さらにステージを上げるかてみたいに

必要な出来事としてとらえられえるの。

 

こういうパワーみたいなものを確かに感じている。

この域に達すると、自分のステージがあがったのを

自覚できるのです。

 

でも、人生が続くと、それはゴールではなく通過点。

どこでゴールをするかって決めてしまうと

悲しいことも起こってしまう。

 

今はまだまだ

私の存在が必要な人がいるのだから

この私のゴールはまだ先なので

私はまた様々なミッションに出会うのかな~~

 

この先は、息子たちがこの先出会う人との関りも

自分の人生に出てくるだろうし

まだまだ終わらないのです。

 

なめねこさんも

過去記事気になるのでしょうが

結構いいこと書いてますんで!

 

見知らぬ人だけど、ここをアクセスした人も

確かに存在しているんですよね。

 

こんな風に書いたことにすれ違っていくけど

生きていく限り、どんなふうに人と関わるか。

 

アクセスするのは人間だけなのだから

人との出会いは

本当に楽しみたい!

 

明日はどんな人に出会うか

なんだかわくわくするなぁ~~

 

あ、でも昨日であった人。

どうにも感性が理解できなくて・・・。

 

それを後程書こうかと思います。

まぁ、出会いの中にはこんなこともあり

だから気が付くのもあります。