母の一周忌が終わり

お盆のお墓参りもして

やっとひと段落出来たと思っていたら

 

父の体調に異変が起きた・・・。

一週間前から食事が取れないといい

水分のみでなんとか自力で直そうとしていたらしく

土曜日の姿は激やせしていた。

そして、日曜日に救急搬送になった。

 

病院嫌いで健康診断も受けないと言い続けた父。

母の闘病中もいつも全力で支えて

病院にも嫌がられるほどに通っていた父。

母が亡くなり、自由を謳歌するように

元気でいたはずなのに

病魔は襲い掛かった・・・

 

大腸がん・・・。

 

まさかの出来事だった。

まさか、父をがんが襲うなど思ってもみなかった。

今までとにかく、がんにはならないと言って

自分流で食事や生活を工夫してきたのに

どれだけショックだろう。

 

母の闘病中はとにかく父の対応が大変で

母を助けたい一心だったのだろうが

言っていい事と悪い事の区別がつかないのか!

と言うことばかりで

父がもし何かあっても私は知らない!と思ってきた。

 

でも、結局は親だ。無関心ではいられない。

父の状態があまりにもおかしかったのは

何も食べれなくなり、手足がげっそりとしているのに

お腹だけがボールのように膨らんでいた。

 

運悪く、土曜日に異変を知ったけど

病院はやっていない。

急患センターは子供から大人まで具合が悪い人が集まり

こんなに弱っていては待てないだろう。

一日様子を見ることにして

日曜日の朝に、急患センターに連絡をして

様子を説明すると

「救急車を呼んで病院に行った方がいい

 ここは、応急処置しかできないので

 その状況では対応できない」

とのこと・・・

 

実家に行き、横たわって動けない父に

「救急車をを呼んでいいかと聞くと」

以外にも「わかった・・・」と言う。

相当具合が悪いのだ。

 

まだまって、30分待ってと父は言って

なんとか起き上がり

歯を磨き、よろよろと着替えをして

なんとかトイレに行くも

なかなか出てこない。

おしっこだけと言いながら、調子が悪いようだ。

気が付くと、履いていたズボンは以前から

付着してただろうシミがお尻についていた。

しかし、もう着替える気力もない。

そして、「呼んでいい・・・」と言うので

救急車を呼ぶ。

 

電話を掛けた時点でGPSで場所がわかり

住所を確認しているころにはもう出発している。

到着は早かった。

 

その時、さっきまで横たわっていた父は

自分の足で立ち上がり、元気そうな様子で・・・

救急隊に

「歩けるんですか!?」と言われ

救急車に自分の足で乗り込んだ。

 

救急隊に言われたのは

自分の足で歩けるなら、急患センターに行くのはどうかということ。

でも、そこにはもう電話をして、救急隊にしてほしいと言われたのだ。

 

意識がない。歩けないなど以外は

今はコロナ禍で受け入れ先がなかなかみつからないそうだ。

結局、4軒断られた。

そして、母が入院していた病院に確認しようとしても

父は「その病院だけは絶対に嫌だ」と言う。

 

救急隊の人には

そういうこと言う方は多いですよ。

家族が入院していたからと

でも、今は選べる状況ではないですよ。

どんな病院にもいい人も悪い人もいますよと

説得されるも、父は頑なに母のいた病院は嫌だといった。

この傷は深いのだなと思った。

 

結局、自宅からも家からの遠い病院にやっと

搬送してもらえるようになった。

 

夏バテからの衰弱だと思っていたのに・・・。

大腸がんだった・・・・

 

ここからまた、新たな戦いが始まるんだ。

また試練がと思った・・・。

母が亡くなり、義母の認知症に対応していて

義姉や義弟との色々があり

それをひとつひとつ乗り越えてきていたけど

父も病になった。

 

奥さんを亡くした高齢の夫は

2年以内に7割が後を追うように亡くなるそうだと

兄が言っていた。

兄は時々、空気読めない発言をする。

 

大腸がん・・・・。

父の妹が30代の若さで患って

大腸がんで亡くなっている。

まだ子供が小学1年生ぐらいだった。

 

兄妹で同じ病気になるとは・・・

父は80代なのでずっと長生きしたし

孫たちにも全員会えたから

まだいいのか・・・。

 

これからどうなるんだろう。